「マイク、お借りします」
私は頑張って笑顔を作り、目を丸くしている彼女からマイクを奪うように取り上げ歩き出す。
本当は足がガクガクしているし、心臓の音が耳に響くほどに緊張している。
これではいけない、身体を整えなくては。
さっきカラオケで歌っていたのは良い発声練習の時間になった。それがこんなところで生きてくるなんて。
私はピアニストの側に行き、困惑している彼女にとあるお願いをする。
彼女は驚いていたが、笑みを浮かべ、任せて、と返してくれた。
スポットライトは移動して私に当たったまま。
ライトは強すぎると周囲がよく見えない。
むしろ緊張している私には好都合。
音楽の先生に指導されたことを思い出し、ゆっくり腹式呼吸を数回繰り返すと顔を正面に向け思い切り腹の底へと息を吸い込み、音を身体から放った。
「Amazing grace
how sweet the sound
That saved a wretch like me
I once was lost
but now am found
Was blind but now I see」
アカペラ、つまりは伴奏無しで歌い出す。
自分の声しか聞こえないから最初は声が詰まって震えているのがわかり、焦りそうになるのを堪える。
それでも必死に笑みを浮かべて歌う、それが一番大切だと教わった。
どんなに苦しくても笑顔で歌え、苦しそうな顔なんて誰だって見たくは無い。
ここまで歌ったところで、静かにピアノが入ってきた。
流石プロだ、私が顔を横に向けて伴奏している彼女を見れば、彼女は落ち着かせるように私に笑顔で頷いた。



