○公園

 図書館の帰りに、私は近所の割と大きめな公園のベンチでひと休みしていた。
 借りてきた文庫本を鞄の中から取りだして、膝の上に広げる。
 側から見たら、眼鏡をかけているので本が好きな文学少女に見えるかもしれない。
 文学少女と名乗っていいほど、本が好きというわけではないが。

 "ピコンッ"

 携帯から通知音が鳴る。

勇人『今、どこにいた?』

 まさかの彼からのメッセージに、収まりつつあった興奮が再び高まり始める。

沙羅『中央丘公園にいます』

勇人『りょうかーい! 今からそっち行ってもいい?』

沙羅『え、いいですけど。なんか用事でもあるんですか?』

勇人『ちょっと話したくなっただけ』

沙羅『わかりました。待ってますね』

 それから程なくして彼は私の元へと現れた。さっき会ったばかりの彼が、再び私の隣にいるのが不自然でたまらない。
 彼はベンチに腰掛けると、まっすぐに公園で遊んでいる小学生たちを見つめる。
 その横顔は私が、最近近くで見てきた顔とは一風変わった真剣な顔。

勇人「あのさ、沙羅がファンなら知ってるかとは思うけど、カララブが活動休止にした理由は俺にあるんだ」
沙羅「え、そうなの・・・」

 急なカミングアウトに私もどうしていいのかわからず、ただ押し黙ってしまう。
 カララブの解散理由が勇人くんだったなんて、きっとファンたちも知ることはないだろう。

勇人「俺がさ、グループで最年少なのは知ってるでしょ?」
沙羅「うん。勇人くん以外はみんな19歳以上だもんね」
勇人「そうそう。みんな兄って感じで好きなんだけどさ・・・」
沙羅「うん」
勇人「みんなは高校に行けて、青春できたけど俺だけできなかった。それが羨ましくて・・・さ。」

沙羅(確かに勇人くん以外のみんなは高校を卒業したくらいから爆発的な人気を獲得したため、高校生活は何ひとつ不自由なく生活できたのだろう) 

沙羅「勇人くんは高校生活に憧れてたの?」
勇人「恥ずかしながら、憧れてた。人生の青春と呼ばれる高校生にね」
沙羅「それが、活動休止理由ってこと?」
勇人「うん。メンバーにそのことを話したらさ、みんなしてグループのことよりも『高校生を楽しんでこいよ!』って背中押してくれたんだ。今、グループがノリに乗ってる時期なのにもかかわらず」
沙羅「そっか・・・でも良かったね、こうして高校生になれてさ」
勇人「ありがとう。そう言ってもらえると、この選択をしてよかったと思える」

 私たちの座っているベンチの間を夏風が通り抜けていき、私の長い髪の毛が後ろへと靡いていく。
 片手で髪を抑えながら、彼を見ると彼の手がこちらへと伸びてくるのが見えた。

勇人「これ外した方、可愛いよ沙羅」
沙羅「えっ!」

 彼が私から奪い去ったものは、私が常に顔を隠すためにつけていた眼鏡。
 取られて周囲が見えなくなるわけではないが、これがないと私は...

○(回想)沙羅の小学校時代

 小学校時代の私は常に人に囲まれていた。異性にも同性にも囲まれて、みんな私に対して口々に『可愛いね』と言っていた。
 周りにいた大人たちからもそう言われ、高学年になってくるとそれは小さい子に対する『可愛い』ではなく、容姿に対するものだと理解できるようになった。
 しかし、現実は残酷だった。6年生になったある日の放課後、学年の男子で1番人気の弥生(やよい)くんから呼び出されたんだ。

弥生「沙羅ちゃん、僕は君のことが大好きです! お付き合いしてほしい!」
沙羅「ごめんなさい、私恋とかよくわからなくて・・・」
弥生「そっか。でも、僕は諦めないから!いつか振り向かせてみせるよ」
沙羅「ありがとうね」

 自分なりに気持ちのいい感じで終わったと思った。でも、次の日教室に行くと、空気は重苦しかった。挨拶をしても誰ひとりとして返事を返してくれない。
 おまけにどこからか私の陰口が聞こえてくる。後から知ったことなのだが、弥生くんが私に告白をしているところを覗き見していた子がいたらしく、その子が話を盛って真実とは程遠い噂を撒き散らしたことによって私は、皆から嫌われた。
 弥生くんも必死に否定してくれたけれど、1度火のついた噂が鎮火することはなかなかない。
 その日から、私はクラスメイトにいじめられた。暴力はなかったが、言葉の暴力は日々私の精神をすり減らしていった。

沙羅(なんで、私が・・・誰か助けて)

 何度心で思っていても、助けられることはなかった。唯一自分に自信があった容姿が、大嫌いになるほどに私の心は疲弊していたんだ。
 それ以来、私は容姿を隠すだけではなく、心の扉も固く閉ざしてしまった。

(回想終了)

勇人「・・・ら、沙羅。大丈夫?」
沙羅「あぁ、勇人くん。ちょっとぼーっとしてた」
勇人「ごめんな。急に眼鏡取って・・・でも、俺はない方がいいと思う。そ、そのか、可愛いから」
沙羅「そ、そんな嘘でしょ。勇人くんはいっぱい綺麗な人見てきたでしょ。芸能人とかさ」
勇人「見てきたけど、1番沙羅が可愛い・・・ごめんきもいな」
沙羅「ううん。嬉しいよ、勇人くんに言われるなんて思ってもなかったな〜」
勇人「稜駿の方が良かったか・・・?」
沙羅「稜駿くんに言われたら、心臓がもたないよ!」
勇人「そっか。俺もまだまだだな・・・それより沙羅、敬語無くなったな」
沙羅「え、あれ。本当だ、ごめんなさい」
勇人「いいよ。むしろない方が俺は好きだよ」

 『好き』と言われ過剰に反応してしまう私の心臓。

沙羅(もしかしたら、私・・・勇人くんのことが好きなのかも)

 子供の声が公園内に響き渡るのを感じながら、私の思考は全く別のものに囚われていた。

勇人「じゃ、俺は帰るわ。また明日学校でな」
沙羅「あ、うん。またね、勇人くん」

 私の頭をくしゃくしゃとかき回してから、優しい手つきで頭を撫でて去っていく彼。夏の日差しのせいなのかわからないが、私の体の熱が高まった気がした。