「あの、おじさん、少し落ち着いて下さい。お金は渡しませんけど、"いい話"なら持ってきましたから。」

「あ?」

睨む様にして夕の手を振りほどく。
夕は"いい話がある"と言っていた。
鈴音はそんな事聞いていなかったので驚きが隠せず、夕の服を思わず引っ張ると

「大丈夫だよ」

といつもの優しい笑顔で父親から守る様に夕の後ろへと隠される。

「おい、鈴音!お前京子やこいつがどうなっても良いってことか?金渡さないって事はそういうことだよなあ?!それともお前が身体ではら「それ以上その汚い口、開けないで貰っていいですかね。すずの前で乱れた姿は見せたくないんです。」

父親の耳元でそう呟き、ニコッと微笑む夕。
しかしその目は全く笑っておらず、鈴音には見えていないが殺意すら感じるほど怒りに満ちていた。
夕の置いた手が、父親の肩にのめり込むほど強く掴む。

「ヴっ」

「あぁ、失礼しました。」

顔を歪めて声を漏らす父親に、夕はパッと手を離して鈴音の前へと後ろに引く。

「おじさんにとっていい話なのは本当ですよ。仕事が欲しいんですよね?あと家も。」

夕への警戒心が強まった父は、何も言わずにただただ夕を睨みつけるようにして見ている。
夕は構うことなく話を進めていく。

「僕、大学時代アメリカに留学してた時がありまして、先日その友人におじさんを雇って貰えないか聞いてみたんですよ。丁度人手が足りないって言ってましたし。そしたら昨日返事が返ってきて、雇ってくれるそうです。しかも社宅付きです。最高じゃないですか?肉体労働なので少し大変かもしれませんが、、、("力"には自信がおありなようなので、大丈夫ですよね?)」

夕は最後は鈴音に聞こえないようにまた、父親の耳元で囁く。

「なっっ!!お前!!!黙っていれば偉そうに!!!なんで俺がアメリカなんて行かなきゃ行けねーんだよ!!!!!行くかよ!!そんなとこ!!!黙ってさっさと金よこせよ!!おい!!鈴音!!!」

やけくそになったように鈴音に襲いかかろうとする父に、夕はため息を尽き腕を締め上げる様にして父を止める。

「話は最後まで聞いてください。本当は手を貸すのも嫌だけど、腐ってもすずの父親だから、あなたがいなければすずは存在してないから手を貸そうとしてるんですよ。それに、放っておいたらそれはそれで貴方はすずにとって害悪にしかなりませんしね。だから、最後の手切れ金として少なくはありますけど、アメリカまでの飛行機代と10万はお渡しします。満足はされないと思いますが、半月後には渡米して頂きますのでこれだけあれば十分かと思います。向こうに行けば友人の部下が色々世話を焼いてくれるでしょう。ただし、変なことは考えない方が良いですよ。きっと向こうで出会う人達はおじさんよりもずっと肝が据わっていて、力も強い。友人の会社だから貴方の行動はこちらにも回ってきます。普通にしていれば普通の暮らしはできるんです。もう俺たちに、すずに関わろうとはしないでください。もしこの条件を飲んで下さらない様でしたら、、、」

夕は、スっと携帯の画面を父親に見せると一気に青ざめた表情に変わり

「、、、分かったよ!行けばいいんだろ!!」

と捨て台詞の様に言葉を吐きつけて、夕の手からチケットなどが入った封筒を乱暴に奪う。

「あ、あとこちらにサインをお願いします。すずとおばさんにもう関わらないという誓約書です。」

父親は諦めた様にイライラした様子でサインをするとトボトボと帰って行った。

「 ふーーーー、何とかなったね。」

と深く息を吐いて、鈴音にいつもと変わらない笑顔を見せ、両手で頬を包み込んでくれる夕。
鈴音は、まだ次々と話が進んで行ったことで頭が追いついておらず何から話したらいいのか混乱していた。