5年ほど前、彼はある日突然この店に現れて以来、この地域に姿を現すことが多くなったらしい。


チンという名前以外、年齢も何もかも謎なまま。


あまり自分のことを語る男ではなかったが、一度だけ『自分は昔ヤクザの頭だった』と話したことはあったそうだ。


「なんの因果だろうねぇ。足を洗ったんだろうに、結局ヤクザと関わって死んじまって」


ママはおもむろに少し錆びれた鍵を出してきた。


「……これは?」


「あたしも分かんないよ。ただ、『いつか自分のことを嗅ぎ回って途方にくれた可哀想なやつが来たら渡して欲しい』ってチンさんが預けてきたんだ」


鍵は鍵でも、大きさや形からこれはおそらく家の鍵だった。


「あの人、自分の家はないんじゃ……?」


「さぁね。詳しくは知らないよ」


これ以上情報を掴むのは難しそうだと判断した旭は店を出ることにした。


財布から壱万円札を取り出しテーブルに置く。


「ごちそうさま。この鍵は一応貰っとく」


旭が扉を開けようとドアノブを握った時、ママが何かを思い出して旭を呼び止める。