(アリス…)
思わず呟いてしまった名前に、クロードはハッとした。
彼女の名前を口に出すと、胸がギュッと苦しくなる。
こんなに頭の中を彼女が占めるなんて。
政略結婚で、期限の決まった結婚のはずなのに、自分は一体どうしてしまったのだろう。
二ヶ月でさえ胸が痛いのに、王女が隣国に嫁ぐ時、自分は笑ってアリスに別れを告げることが出来るのだろうか。

(やっぱり、触れてはいけなかったのか…)
あの夜の自分は明らかに浮かれていた。
彼女が自分の裾を掴んでいる姿があまりにも可愛らしくて。
愛おしさがこみ上げてきて、気づけば唇を奪ってしまっていたのだ。
まさか自分にあんな軟派な行為が出来るとは思ってもみなかったのだが。
(二ヶ月の離宮行きは、冷静になれという天の思し召しなのかもしれないな…)

結局、二ヶ月の離宮行きをアリスに伝えることができたのは、離宮に行く直前だった。
サンフォース邸に戻ろうとすると、王女が何かと駄々をこねるからだ。
それでもなんとか「王都を離れる前に荷物を取って来なければ」などと理由をつけて邸に戻った。
アリスに会うのは、実にあのキス以来初めてである。
雰囲気に浮かされて思わずキスしてしまったが、クロードはもちろんそれを謝罪する気はなかった。
謝ってしまったら、あのキスが無かったことになってしまうではないか。
触れたことを無かったことにしたくはない一方で、やはり触れなければよかったのかと思う気持ち。
いつの間にか大きくなってしまったこの気持ちに、クロードは未だ名前を付けられずにいる。