「旦那様、おかえりなさいませ」

アリスに声をかけられ、タロと戯れていたクロードは振り返った。
「…ただいま」
クロードがはにかむように答える。
まだまだこのシチュエーションに慣れないのだ。
以前は「いらっしゃいませ」と言っていたアリスが、「おかえりなさいませ」と言ってくれるようになった。
あの、晩餐会以降のことだ。

タロを間において、二人はよく会話するようになった。
以前はタロのことしか話題が無く会話に行き詰まってばかりいたが、最近は話題も多く、会話もスムーズに進んでいる。

「お仕事の方は順調ですか?」
お茶を飲みながらアリスがたずねると、クロードは少し苦笑した。
ルイーズ王女がかなりわがままで奔放だということは、アリスも王太子妃ゾフィーから聞いて知っている。
クロードのことを相当気に入っていて片時も離そうとせず、かなり振り回しているということも。

「昨日は王女殿下のお伴で中央劇場に行って参りました。舞台も荘厳な作りで、石造りの外観も本当に素晴らしかったです」
「まぁ、オペラですか?今流行りの演目を演っていますものね」
中央劇場ならアリスも行ったことがある。
ナルシスと婚約中、一度だけオペラを観に行ったのだ。
「…興味があるようでしたら、ご一緒にいかがですか?」
「え…?オペラを、私と、ですか?」
伺うようにたずねたクロードに、アリスは目を丸くした。
「ええ。その、私たちに不仲説が流れているのはご存知ですよね?先日の夜会で少しは払拭できたようですが、もう少し二人で人前に出た方がいいように思うのです」

(え、今さら…?)
アリスはきょとんと小首を傾げた。
自分たちの不仲説などもうずっと以前から流れているし、なんなら、どうせそのうち離縁するのだからと放置しておくつもりでいた。
そう考えながら目の前のクロードの顔を見れば、恥ずかしそうに目を伏せ、耳が真っ赤になっている。