「今日も来るんですかね、騎士のお坊ちゃん」

秘書ラウルの声に、アリスは書類から少しだけ目線を上げた。
ラウルは皮肉げに口角を上げて、アリスを見下ろしている。
「…旦那様よ、ラウル」
アリスが嗜めるように言うと、ラウルはふんっと鼻を鳴らした。
「…どこが旦那様ですか。婿のくせに伯爵家の手伝いもしないで…」
「それは旦那様のせいじゃないわ。私が望んだことよ、ラウル」
アリスにそう言われ、ラウルは口をへの字にして黙り込んだ。
ラウルだって、わかっているのだ。
クロードが家業に携わることを拒んだのも、騎士団に残ることを望んだのもアリス自身だということを。
しかしそれをいいことに、あのお坊ちゃんはサンフォース邸に寄り付かず、王女の護衛騎士の任にまでついたのだ。
…何故か最近は頻繁に訪れるけれど。

サンフォース家で、クロードの評判はすこぶる悪い。
皆アリスお嬢様に心酔しているのだから、当然と言えば当然である。
だがそれを態度に出すとアリスに叱られるため、最近頻繁に顔を出すようになったクロードをそれなりにあたたかく迎え入れているのだ。

「お嬢様、旦那様がお見えになりました」
侍女のフェリシーが、クロードの来訪を告げに来た。
その顔も、仏頂面だ。
「あら、今、どちらに?」
「お庭で、タロと戯れておいでですわ」
「そう。じゃあ私もそちらに行くわ」
「……はい」
いそいそと執務室を出ていくアリスを見送り、ラウルはさらに口をへの字に曲げた。
クロードの来訪を聞いて微かに嬉しそうな顔をした主人に、少しだけ腹が立ったのだ。