アリスはクロードの胸をちょっとだけ押し返すと、一歩前に進み出た。
「ご無沙汰しております、お義兄様」
アリスはナルシスに対して、美しいカーテシーを披露して見せた。
「ア、アリス…。やっぱり君は、まだ僕が好きなのだろう?」
ナルシスが手を差し出そうとするのを、クロードが払いのける。
義兄と呼ばれたのに、その嫌味には全く気づかないようだ。

それにしても、彼は何故こんなにも自信満々なのだろうか。
婚約中だって、アリスは一度もナルシスに好きだなんて言ったことが無いし、思ったことだって無い。
アリスは距離を保ったまま、ナルシスに微笑みかけた。
ナルシスはその微笑みに、うっとりとした眼差しを返す。
「やっぱり、君は僕を待っていてくれたんだな?」
アリスは頬がピキピキと引き攣るのを抑えて無理に笑顔を作った。
あれほど酷い仕打ちをしながらのこの脳がお花畑の彼の発言。
本当に彼の脳みそは腐ってるんじゃないだろうか。

「お義兄様は何か勘違いされているようですからはっきり申し上げますが、貴方と復縁など絶対に有り得ません」
笑顔のまま言い切ったアリスの顔を、ナルシスはキョトンと見返した。
「アリス…?」
「手紙も贈り物も心から迷惑なので、金輪際送らないでくださいませ。今まではコラール家に送り返しておりましたが、まだ続くようでしたら、これからは孤児院などに寄付させていただきます」
「そんな、アリス…」
「それから、貴方と私の縁も、完全に政略的なものでした。コラール家の息子であるという事実以外、私は貴方に全く興味がございません。今も、もちろん、婚約していた頃も」
「そんな…」
ナルシスはハラハラと涙をこぼした。
その姿がやたらと美しいのに腹が立つ。

「クロード!」
バルコニーに数人の男が駆け込んできて、力無くその場に膝を着いたナルシスを拘束した。
騒ぎを聞きつけ、ようやくコラール家の嫡男パトリスがやって来たのだ。
「兄上。ナルシス兄上は夜会に顔を出させないと約束したではありませんか!」
クロードはパトリスに食ってかかった。
「すまない。ナルシスを哀れに思った使用人が手を貸したらしい」
「それは兄上の甘さだ。ナルシス兄上が使用人を魅了するなど朝飯前のことではありませんか。妻に何かあってからでは遅いのですよ?」
「本当にすまない、クロード。アリスさんにも、本当に申し訳なかった」
「いえ、私は大丈夫です」
アリスは曖昧に笑ってそう答えたが、心の中では『もう首に縄でも括りつけておいてよ!』と思っていた。
まさか、そんなことは口が裂けても言えないが。

それより、今アリスが気になるのはクロードの態度だ。
彼はアリスを何度も自分の妻と言い、奪われるなら決闘も辞さないと言っていた。
もちろんパフォーマンスではあるのだろうが、アリスの胸は今までにないほど高鳴っている。
正直、今夜のクロードは格好良かった。
あのナルシスの美貌など霞んでしまうほど、キラキラと輝いて見える。

「今日はもう帰ります。妻も、疲れていると思うので」
「あ、ああ。本当に申し訳なかったな、アリスさん」
挨拶もそこそこに、クロードはしっかりとアリスの肩を抱くと、エントランスに足を向けた。
アリスはそんなクロードをそっと伺ったが、彼は唇を引き結び、厳しい瞳で前を見据えていた。