「アリス!」
バルコニーで涼んでいると背後から甲高い男の声がして、アリスは思わず身を固くした。
これは間違いなく面倒案件だろう。
できれば関わりたくないのだが、ここで逃げるわけにもいかない。
どうせ今逃げたって、いずれまたどこかでこんなシチュエーションがあるだろうから。
振り返れば、やはり一年間婚約していた不誠実な元婚約者がこちらに向かって走って来る。
コラール家では夜会に現れないよう軟禁状態にしていたと言っていたが、なんとかして出て来てしまったのだろう。
普段からサンフォース伯爵邸の守りは固いし、外出時のアリスにも護衛が付いているから、近づくのは今日を置いて他には無いと考えたのだろうか。

あの、いつも人一倍身なりに気をつけていたナルシスが髪を振り乱して近づいて来る様を、アリスは無表情に眺めていた。
身構えて待っていると、スッと目の前にクロードが立ち塞がる。
「私の妻に何かご用ですか?ナルシス兄上」
「クロード…」
ナルシスは二人の前で立ち止まると、自分より少し背が高い弟の顔を見上げた。
「クロード、今まで僕の身代わりをご苦労だった。色々誤解もあったことをアリスと話したいので、二人にしてもらえるか?」
「…それは出来ません。アリスは私の妻です。妻と他の男が二人きりになるなど、許せるはずがありません」
冷静にそう言うクロードに、ナルシスの顔色がみるみる変わる。
「おまえに用はない!僕はアリスに…!」
「私の妻をを呼び捨てしないでいただけますか?ナルシス兄上」
「く…っ‼︎」
涼やかな佇まいで返したクロードに、ナルシスは唇を噛む。
「ぼ、僕とアリスが引き裂かれたのは、何かの陰謀だ!だから、おまえとの結婚は間違いだと、僕はアリスに…っ、」
「まだそんな世迷言を言っているのですか?全ては兄上の身から出た錆と言うべきものを」
「クロード、貴様…っ!」
「兄上が何を言おうと、アリスは今私の妻です。それでも奪おうとするなら、決闘でも致しますか?」
そう言うとクロードはアリスの肩に手を回し、ぐいっと引き寄せた。
クロードの逞しい体に包まれるような感覚に、アリスの胸が思わずキュンと鳴る。
「く…っ!」
決闘と聞いて、ナルシスの顔が青ざめた。
そんなことになったら、騎士であるクロードに敵うわけがないのだ。
「お、おまえは、アリスに何の興味も無かっただろう⁈大人しく身をひけ!」
「そんなことは兄上には全く関係無いことだ」
何の興味も無いというナルシスの言葉に、アリスはピクリと反応した。
自分だってクロードに対して何も興味がなかったのに、何故こんなに胸が痛むのだろう。
胸が高鳴ったり痛くなったり、最近の自分はちょっとおかしいと思う。