「あら、いらっしゃいませ旦那様。また『タロ』に会いにいらしたの?」

仕事を終えてサンフォース伯爵邸を訪れたクロードに、アリスは微笑みかけた。
その彼女の腕の中には、毛足が短い、茶色い仔犬が抱かれている。
先日馬車に轢かれそうになった、あの仔犬である。
仔犬は『タロイモ』と書かれた木箱に入れて捨てられていたようで、アリスはそこからとって『タロ』と名付けた。
なんとも微妙なネーミングセンスだが、それは言わないでおこうとクロードは思っている。

「おいで、タロ」
クロードが手を差し出すと、タロは尻尾が千切れんばかりに振っている。
「あらタロ、浮気者ね」
アリスは少し面白くなさそうに笑いながらも、クロードの腕にタロを預けた。
温かくて柔らかな存在にクロードは頬ずりし、タロも嬉しそうにクロードの顔を舐め回した。

あんなに汚い仔犬だったタロは、伯爵家で大事にされ、なんとも小綺麗で可愛らしい姿になった。
目を細めてタロを見つめるアリスを見れば、彼がどんなに可愛がられているかわかるというものだ。
タロと戯れ合いながら、クロードはアリスを伺った。

(そう、この人は優しいのだ)
年若い女伯爵として君臨しているアリスは、方々から『強い女性』のレッテルを貼られている。
実際家業にも領地経営にもリーダーシップを発揮しているし、そのやり方もかなり強気だとは聞く。
だが、使用人への態度が横暴なところなど見たことがないし、何より使用人たちが彼女を見る目を見れば、彼らがどれほど主人に心酔しているかわかる。
こうして捨て犬を愛おしむ優しさもあるし、それに、クロードの将来を慮ってくれたのも、結局は彼女の優しさだ。