「…お元気でしたか?」
馬車の中で、向かい側に座るクロードに、アリスはたずねた。
二人黙って、しばらく馬車に揺られた後のことである。
新婚夫婦の会話としてはとてもおかしな質問だが、ほぼ五ヶ月も顔を合わせていなかったのだから仕方がないだろう。
「…元気でしたよ。…貴女は?」
「見ての通り、元気でしたわ」
アリスが小さく笑って見せると、クロードは黙ってうなずいた。

それからまた、沈黙が続く。
だって、何も話すことなどないのだ。
五ヶ月前にあれほど酷い言い合いをしたままなのに、一体何を話せばよいのだろう。
アリスは窓の外を眺めるクロードの横顔をそっと盗み見た。
なんとなくではあるがクロードが疲れているように見えたのだ。
多分護衛騎士の仕事は重労働なのだろう。
体と心を鍛え、いかなる時も気が抜けない。
これが本当の新婚夫婦だったなら妻に癒されたりもするのだろうが、残念ながら自分たちは偽りの夫婦である。
(…気の毒な人…)
アリスはひっそりとため息をついた。
形式上だが妻のいるクロードが大っぴらに恋人を作るわけにもいかない。
サンフォース家に婿入りしたことで、騎士団内で妬む者もいると聞く。
おそらく、心が休まるのは彼が心を許す数少ない友人などの前だけなのだろう。
まだ十九歳の、前途洋々な彼の未来を歪めてしまった自覚が、アリスにはあった。

「…退屈ですか?」
アリスが漏らしたため息をそうとったクロードは、思わずそう聞いてしまった。
言ってしまってからハッとして口を押さえたが、出てしまった言葉はもう戻らない。
アリスはそんな彼の顔を見て、また困ったように力なく笑った。
そう、自分たちには、交わす言葉さえ無いのだ。
共通の話題など何一つ無いのだから。
良かれと思ってのことだとはわかっているが、こんな状況を招いた王太子妃を、アリスは恨みたくなった。