「ところで、相変わらずおまえは邸に帰らないのか?新婚だってのに、いい加減愛想尽かされるんじゃないか?」
ミハエルは疲れた顔のクロードを見て心配そうにそう言った。
「…はは、愛想ならとっくに尽かれてるさ」
クロードは力無く笑うと、ミハエルに「いいから早く行け」とばかりに肩を押した。
「でもおまえ、それでなくても最近王女殿下にベッタリで身動き取れないだろ?たまには邸に戻ってちゃんと奥さん孝行して来いよ。取り返しがつかなくなる前に、」
「だから、早く行けって」
クロードが無理矢理押すと、ミハエルは仕方なく背中を向けた。

「取り返しなんか、とっくにつかなくなってる…」
ミハエルの背中を見送りながら、クロードはポツリと呟いた。
ミハエルはクロードが結婚した経緯をわかっていて、こうして心配してくれている。
こんな風に色々言ってくれるのはミハエルだけだから、正直ありがたいとは思う。
他の騎士仲間はいわゆる玉の輿に乗ったクロードを妬み、あることないこと陰口をきいているのも知っている。
サンフォース家の婿として将来が保証されたのにも関わらず騎士団に残ったことを遊び半分だとか、ルイーズ王女の護衛騎士に選ばれたのをサンフォース家の圧力だとか。
ミハエルは怒ってくれるが、クロードは言いたい奴には言わせておけと思っている。
自分さえしっかりと勤めを果たせば良いのだから。

それにミハエルが言っていたように、ルイーズ王女がベッタリで身動きが取れないというのも強ち冗談ではなかった。
ルイーズ王女は護衛騎士として引き合わされた時からクロードを気に入り、常に彼を側に置くようになった。
こうして交替勤務で休みをとる時さえ嫌がるほどに。
それをまた同じ護衛騎士仲間にも妬まれ、クロードはほとほと困っていた。
護衛騎士の中には王女が幼い頃からずっと付いている騎士もいるのに、そんな先輩騎士を差し置いて自分が重宝されるのは、正直居心地も悪い。

ルイーズ王女は頭の回転が早く活発ではあるが、末娘で甘やかされて育ち、かなりのわがまま娘でもあった。
気まぐれであちこち付き合わされ、まるで遊び相手のように振り回される日々に、こんなはずではなかったという思いもある。
拒んでもお茶に付き合わされたり、侍女たちにまで色目を使われ、正直気の滅入る毎日だ。
騎士という仕事に誇りを持っていたしやりがいも感じていたが、見失いそうになる時もあるのだ。

でもそんな時、クロードは自分に喝を入れるのだ。
これは、あの人を傷つけてまでやりたかった仕事じゃないかと。
あの人に見限られてまで選んだ道じゃないかと。

今ごろあの人は紙の上だけでの夫を忘れて、生き生きと仕事に精を出していることだろう。
そしておそらくこうしてお互い顔を合わせない日々を過ごして、いずれ自分たちは離縁するのだろう。