結局、その日クロードがアリスと顔を合わせることはなかった。
この日クロードは残った荷物を纏めるため実家に戻り、伯爵邸に帰ってきたのはすでに暗くなってからだ。
実家では両親や兄弟に、昨日言い足りなかった悪態を散々ついてきた。
しかしコラール侯爵家ではクロードの愚痴を聞いてやるところではなかった。
ナルシスと、彼の子を身ごもったという令嬢を早々に結婚させるための準備をしていたのである。
しかもナルシス自身は頑なにそれを拒んでいる。
彼はアリスとサンフォース家に未練タラタラのようであった。

夕方サンフォース伯爵邸の離れに戻ると、家令によってアリスからクロードへの伝言を伝えられた。
『執務が立て込んでいるため、しばらく主屋で寝泊まりします』と。
家令に聞けば、元々アリスは執務室の隣に設えられた部屋で生活していたと言う。
娘の結婚を機にサンフォース伯爵は爵位をアリスに譲って、近いうちに夫人を伴って領地に赴く予定らしい。
これからは領地経営の方に専念し、事業は全てアリスに引き継ぐつもりなのだ。
たしかに何かと忙しいのだろうが、そうは言っても、アリスだって新婚生活のために結婚前に執務を詰め込み、式を挙げた後は数日休むつもりだっただろう。
おそらく彼女は、もうクロードの顔を見たくないほど怒っているのだ。
クロードは一人で着くことになった晩餐の席で、やはり何もない向かい側の席を眺めた。

ー兄のお下がりなど抱けるか!ー
(あれはない、あれはないよな)
昨夜自らが吐いた言葉に頭を抱える。
あの時の彼女の顔を思い出すと胸がキリキリ痛くなった。
彼女はもう、この離れに戻るつもりはないのかもしれない。
この離れは新婚夫婦のために作られたものであって、夫婦として生活しないのなら必要がないものだから。
アリスは昨夜、すでにクロードに見切りをつけたのかもしれない。

慣れない部屋で一人で食事をしていたクロードは、しかしだんだん腹が立ってもきていた。
自分の発言を棚に上げているのは自覚しているし、しかも有責はコラール侯爵家にあるのも忘れてはいない。
だが、そもそも夢を絶たれたのも家に縛り付けられたのも、圧倒的に被害者は自分なのである。
それをたった一つの失言でこんな意地の悪いことをするとは。
クロードはたった一人の晩餐を終え、自室に戻った。

翌朝は今まで通りに早起きし、剣の素振りをし、湯をつかってから朝食に臨んだ。
やはり、一人きりの朝食の席。
新婚三日目の朝である。
クロードは身支度を整えると早々に騎士団の本部へ向かった。
もう休暇は切り上げだ。
除隊しなくてはならないなら、諸々処理することだってある。

しかし向かった先で、クロードは意外なことを知ることになる。
昨日何故アリスが、あれほど忙しかったかということを。