「旦那様、朝食の準備ができております。ダイニングに向かわれますか?それともこちらにお運びいたしますか?」
扉の向こうからかけられた侍女の声で、クロードは目を覚ました。
薄目を開けてカーテンから差し込む光を見れば、もう陽が昇ってだいぶ経つようだ。
騎士であるクロードの朝は早い。
普段から鍛錬を怠らないクロードは、早朝から剣を振るうのが日課であるから。
夜だって一日の仕事の疲労と充足感で、ベッドに入ればすぐに眠りにつけるものだ。
だが昨夜は、アリスの傷ついた顔が瞼の裏にこびりつき、なかなか寝付けなかった。
そのため寝坊をしてしまったようだ。

クロードはのろのろと起き上がると、窓を開け、サンフォース伯爵家の庭を見下ろした。
庭は美しく整備され、サンフォース伯爵家の裕福さを物語っている。
それは昨夜初めて入ったこの部屋の豪華さも同じで、コラール侯爵家の比ではない。
しかも今クロードがいる建物は新婚夫婦のために新たに建てられた離れで、主屋はもっと立派である。
全て、兄ナルシスとアリスのために設えられたものだ。

クロードはゆっくりと身支度を整えはじめた。
伯爵家から身の回りの世話をする侍女をつけられたが、彼女には必要最低限のこと以外やらせるつもりはない。
ずっと騎士の宿舎にいたクロードは一通りのことは自分で出来るし、世話をやかれるのはかえって煩わしかった。
しかも昨夜引き合わされた侍女はもう母親くらいの年の女で、伯爵家の配慮に苦笑した。
若い侍女ではナルシスに手を出されると思っての人選だったのだろう。

部屋を見渡せば、机の上などにクロードの私物が置いてある。
クローゼットを開ければ、隊服から普段着まで多くもないクロードの服が整理されている。
突然決まった婿入りでバタバタと兄のものと差し替えたにしては上出来だろう。
しかし昨日は教会から真っ直ぐ伯爵邸に連れて来られてしまったため、クロード自身は実家にも宿舎にも戻れなかった。
宿舎は侯爵家の方で引き払ったようだが、引っ越しのため自分でも実家の方へ出向かなくてはならないだろう。