「それが…、貴方の本音ですのね」
アリスは俯いたまま、ポツリとこぼした。
「あ…、アリス嬢…」
「たしかに。貴方にとったら私はお兄様のお下がりですものね」
睨むように見上げれば、クロードはその顔を見て息を飲んだ。
涙こそ流していないが、彼女が泣いているように見えたのである。
アリスは目の前に立つクロードを避け、静かに立ち上がった。
そして、扉の方へ歩いていく。

「アリス嬢、その…」
クロードが声をかけたが、アリスは振り返らずドアノブに手をかけた。
アリスは今、心の底から面倒に思った。
クロードが勘違いしているのは明らかだ。
あの女癖の悪い次兄が一年余りも婚約者に手を出さないわけがないと、彼はそう思っているのだろう。
アリスとナルシスはすでに深い関係だと思っているのだ。

(なんて屈辱)
アリスはクロードの寝室へと続く扉を開け放つと、振り返ってにっこり笑った。
「なんでしたかしら。たしか、一年間白い結婚のままなら教会に申請してすんなり離縁できるのでしたよね?」
「…アリス嬢?」
「申し訳ありませんが、どうか一年間は籍だけこのままにしておいてくださいませ。後のことはどうぞ私にお任せを」
「アリス嬢?それは、どういう…」
「因みに、私は貴方のお兄様と口づけさえ交わしておりません。私はこれでも貴族の娘ですので、結婚するまで純潔は頑なに守るべきと教育を受けてまいりました。まぁ、もう確かめる術もありませんし、信じてくださらなくても結構ですが」
謝罪の言葉を口にしかけたクロードを遮り、アリスはさらに口角を上げる。

「どうぞもうお引き取りを。出口はこちらですわ、旦那様」
顔は笑っているのに、淡々と、感情をなくしたような声で紡がれる言葉をクロードは呆然としながら聞いた。
そしてクロードがアリスの寝室を出ると同時に、向こうから『ガチャリ』と重い金属音が響いた。
夫婦の寝室を繋ぐ扉に、鍵をかける音であった。