アリスが振り上げている花瓶を見て、ナルシスは不思議そうに首を傾げた。
婚約中から思ってはいたことだが、ナルシスはやっぱりとんでもないお馬鹿さんのようだ。
今この状況を見て、何故アリスがナルシスに会いたがっていたなどと思えるのだろう。
色々突っ込みたいし怒りたいが、アリスには今こうしている時間も惜しい。
万が一ここでこのまま二人で朝を迎えるようなことになったら、きっと考えるのも恐ろしい未来が待っている。

「動かないでね、ナルシス。少しでも動いたら、これを貴方の顔に投げつけるわよ」
「何冗談言ってるの?怖いよ、アリス」
ナルシスにとって、自慢の顔を傷つけられるのは何より怖い。
しかしアリスはにこりともせず冷たくナルシスを見下ろしたまま。
「冗談じゃないわ。私は本気よ、ナルシス」
「そうか…。やっぱり君が僕に会いたいなんて、嘘だったんだね」
ナルシスはちょっとだけ寂しそうに笑った。
「ナルシス…」
「花瓶おろしてよアリス。僕君を襲ったり、絶対しないから」
「嘘よ。信じられないわ」
義妹になったはずの女性に執着して手紙や贈り物を送り続けていた非常識な男を、到底信じることなど出来ない。
しかも彼は無類の女好きだ。
部屋に女性と二人きりのシチュエーションで、襲わないわけがないとアリスは思っている。