さて、下半身の緩すぎるミツバチとの結婚は取りやめるけれどー。
アリスは頭を抱えていた。
ナルシスの父であるコラール侯爵が泣きついてきたのだ。
なんと、花婿をナルシスの弟クロードに差し替えてほしいと言って。

あれからすぐ、泣き縋るナルシスと泣き喚く女性はコラール侯爵家の騎士によって退出させられた。
コラール侯爵は結婚取りやめの意思が固いアリスと激怒するサンフォース伯爵家の者たちを前に、結婚を強行することも息子を庇うこともできない。
だが、結婚式の参列者たちはすでに集まっている。
当然参列者には高位貴族の面々が並び、今更結婚式を無かったことになど出来ない。
ナルシスのことはともかく、このままではコラール侯爵家の面目丸つぶれである。
せっかく繋げたサンフォース家との縁も切れてしまう。
そこで苦肉の策として捻り出したのが、近衛騎士隊に所属している、まだ婚約者のいない四男を代打に立てることだった。

まさかそんな変化球…、いや、隠し球を投げてくるとは思わず、アリスをはじめサンフォース伯爵家の面々は呆気にとられた。
当然アリスの両親である伯爵夫妻は「アリスをバカにするのもいい加減にしろ」とばかりに激怒していたが、アリスははたと考えた。
たしかに目の前に迫っている結婚式を今から取りやめるのは相当の労力を要する。
結婚式の準備に金も時間もかけてきたのに、それも全て無駄になる。
コラール侯爵家やそれに連なる家とつめてきた事業協力、業務提携、全て見直さなくてはならない。
後々のことを考えれば、愚かでも、今はこの策に乗るのが一番スムーズで面倒のないことなのかもしれない。
元々、夫は誰でもいいと思っていたくらいだし…。
そんな気持ちでコラール侯爵の隣に立つ男を見れば、彼は仏頂面で押し黙っていた。
コラール家の四男クロードである。
たしか近衛騎士団に所属し、年齢は十九歳だったと記憶している。
彼は目を伏せ、唇を噛み、拳を握りしめていた。
(お気の毒に)
アリスは彼に深く同情した。
突然兄の尻拭いをさせられることになった被害者である。
大方この短時間の間に、よくよく父に諭され、懇願されてきたのだろう。
侯爵家を救うためとでも言われれば、逃げ道はないだろうから。