しかしだんだんと、アリスは不安になってきた。
今騎士について歩いている棟はすれ違う人も無く、何やら閑散としているのだ。
「ここは…、今まで通ったことが無いのですが、何の建物ですか?」
「…先王陛下の後宮だった棟です」
「…後宮?」
「はい、もう十年以上使用されていない後宮です。先王陛下は多くの側室をお持ちになっていたのですが、現陛下は妃は王妃様お一人なので、後宮を閉鎖されたのです。王太子殿下もゾフィー王太子妃殿下お一人を寵愛されているので、こちらは閉鎖されたままになっております」
「なるほど」
国王夫妻と王太子夫妻の仲睦まじさは国民の間でも有名だ。
姉とも慕うゾフィーが寵愛されていると聞くのは、わかってはいても気分がいい。

「ここを抜ければ王太子宮もすぐです」
「わかりましたわ」
王宮は迷路のように入り組んでいる。
後宮を抜ければ近道だと騎士が言うのならそうなのだろう。
ところがーー。

「!」
突然アリスは背後から羽交締めにされ、口を塞がれた。
逃れようとすると、余計に拘束される。
「…申し訳ありません、サンフォース伯爵」
アリスを拘束した男は耳元でそう囁くと、目の前の部屋に彼女を押し込んだ。
外から、ガチャリと鍵がかけられた音がする。

「な…!何をするの⁈ここを開けて!」
ドアノブを回しても引いても動かず、扉はびくともしない。
男が走り去って行く足音が聞こえ、アリスは、暗い部屋にたった一人で閉じ込められてしまったことを理解した。

「どういうこと…?」
今まで、事業で恨みを買って襲われそうになったことはある。
身代金を狙って誘拐されそうになったこともあるが、こんな誘拐のされ方は全く想定していなかった。
だってここは、最も安全であるはずの王宮の中なのだから。