「実は…、これはクロードの気持ち次第なのだけれどね」
ゾフィーは声を顰め、アリスに囁いた。
「…何かありましたか?」
「殿下はね、クロードをアルゴンに残したいと考えているの」
「それは、どういう…?」
ゾフィーの言う殿下とは、彼女の夫である王太子殿下のことだ。
「クロードをよその国にやるのはもったいないって常々おっしゃってるのよ。自分か、そうでなければ私や王子たちの護衛にするのがいいんじゃないかって。それから、近衛隊に戻すというのもあるっておっしゃってたわ。貴女の夫は、それだけ将来を見込まれている立派な騎士なのよ、アリス」
「王太子殿下や妃殿下の護衛か、近衛隊…、ですか…?」
「そうよ。タンタルでだってルイーズに護衛騎士は付けてくれるでしょうし、だったら、何も若手で一、二を争う有望な騎士を、わざわざ隣国に行かせることはないでしょう?」
「それは…」
そうなのかもしれない。
クロードは自分自身で、騎馬試合の優勝候補だと話していた。
それだけ実力も、自信もあるということだ。
そんな有望な騎士を自国に残さず他国に嫁ぐ王女に付けてやるのは、たしかに国の損失になる。
嫁ぎ先が敵対している国で王女に危険でもあるならいざ知らず、タンタルは友好国で、平和な国でもあるのだから。

(もし王女殿下の護衛騎士を離れて近衛隊に戻るなり王太子殿下の護衛騎士になったなら…)
あり得るかもしれない未来を思って、アリスの胸がどくんと鳴った。
そうしたら、離縁する理由はなくなる。クロードは王宮勤め、アリスは当主として寄り添っていけるだろうか。
(そんなこと…、望んでもいいのかな)

でも…、と、アリスは唇を噛んだ。
そもそもクロードの希望は、ルイーズ王女の護衛騎士になることこそにあったはず。
それに彼が護衛騎士になれるようはからったのは、誰でもない、アリス自身なのだから。
(それに私はもう、とっくに心を決めているもの…)
あと二ヶ月もすれば、結婚して一年になる。
(そうしたら…)
アリスはゾフィーが淹れてくれた琥珀色のお茶を、ぼんやりと眺めていた。