(胸が、痛い…)
珍しく仕事もなく自室でくつろいでいたアリスは、そっと自分の胸を押さえた。
ここのところ、クロードの笑顔を見ると胸が痛いのだ。
しかも最近クロードはやたらと笑顔を見せるので、アリスの胸は頻繁に痛くなる。

「私、病気かもしれないわ」
そう呟くアリスに、フェリシーは冷めた視線を寄越す。
今もこれから出勤するクロードをエントランスで送って来たのだが、彼は「行ってきます」と言いながらアリスにふわりとハグをした。
そう最近彼は、笑顔だけじゃなくスキンシップも多くなった。
そのたびアリスの胸はギュッと掴まれたように痛くなるのだ。

(やっぱり旦那様は酷い人だわ)
とアリスは思う。
三兄レイモンの話からも、ルイーズ王女の話からも、クロードの気持ちが王女に向いているのは明らかだ。
クロードに買ってもらったという髪飾りに触れながら勝ち誇ったように笑うルイーズの顔が思い出される。
クロードは、王女のために護衛に付くことを願い、王女のために言葉を習い、そして自分の選んだ物で王女の髪を飾ることを願った。
あきらかに、彼の心はルイーズ王女にしか向かっていないではないか。
それなのに、彼はアリスに笑顔を向け、距離を詰めて来ようとする。
やはり仮初の結婚生活ではあっても穏便に過ごした方が良いと思ったからだろうか。
そういえば彼は騎馬試合の後話があると言っていた。
もしかしたら、あらためて離縁に向けての話なのかもしれない。