「ナルシス様!!!」
「ひぃっ!な、何⁈」
「この、裏切り者~!!」
「うわぁっ!やめろ!」
ナルシスに飛びかかろうとしていた令嬢は、すんでのところで警備の者に取り押さえられた。
「嘘つき!嘘つき~っ!」
取り押さえられながらも令嬢はキッとアリスを睨みつける。
しかしアリスは涼しい顔で見返した。
女癖の悪いナルシスのことである。
こんな事態は予測していた。
なんなら、婚約時代にもこんなことは多々あったのだ。
その度両親やラウルたちに婚約を解消するよう迫られたが、アリスはナルシスを見捨てなかった。
おそらくナルシスは結婚したって落ち着きはしないだろうが、それでも別によかったから。

アリスにとって必要なのは女伯爵を支える有能で品行方正な夫ではない。
上位貴族出身という肩書きと社交性、そして事業には全く興味を示さない…というか邪魔にならない配偶者だ。
そしてナルシスは、そんなアリスが望むお飾り夫にうってつけだった。

アリスは首を傾げ、泣き叫ぶ令嬢を眺めた。
さて、この令嬢はおそらくナルシスの元恋人なのだろうが、珍しいタイプだと思ったのだ。
こんなとんでもなく女好きなナルシスではあるが、その実、きちんと付き合う女性は選んでいる。
あくまで相手も遊びで、別れる時も後腐れのない女性を。
不思議と別れた女性がナルシスの悪口を言わないことも、アリスは気に入っていた。
それなのにー。

「ひどいわナルシス様!私のお腹にはあなたの赤ちゃんがいるのに!」
女性が喚く声を聞いて、アリスはやっと腑に落ちた。
「そうね。たしかにそれはないわ」