運命とは、まるで真昼の雷のように突然で、夢のように儚いものである。
 
 この言葉は、昔付き合っていた彼女が好きだった言葉だ。

 誰の言葉なのかも分からないまま、その言葉の意味すら聞けぬまま、彼女はいなくなってしまった。
 僕は、その言葉を五年が経った今でも忘れられずにいる。

 夏の夕暮れ。窓の向こうで、蝉の声が暑さを誇張するように鳴いている。

「あー……ビール切れてる」
 重い身体をなんとか起こして冷蔵庫の中を覗けば、見事にからっぽ。

 そういえば、しばらく買い物にすら出ていなかったことを思い出す。

「……はぁ。行くか……」
 仕方なく適当な服に着替えて外に出る。

 玄関の扉を抜けるとそこは別世界のように、湿度の高い熱風が身体を包んだ。

「あっつ……」

 青い空と、白い雲。数羽のツバメが田園風景を彩る町で、俺は君のいない朝をどれだけ迎えただろうか。

 毎朝この景色を一人で見るたびに、ひどい頭痛と胸焼けを覚える。今の俺を見たら、君はどう思うのだろう。
 慰めては……くれなさそうだ。でも、呆れられても怒られてもいい。なんでもいいから、君の声が聞きたい。

 もう、どうしたって叶わないけれど。

 スーパーで買い物を済ませ、ビニール袋を手に来た道を戻る。
 空が高い。陽射しが皮膚を焼く。汗が首元を静かにつたった。

 夏だ。
 自転車がベルを鳴らして俺を追い越していく。
 かすかに揺れる空気が鬱陶しい。

 陽の傾いた河川敷。草の青臭い匂い。川のせせらぎ。鳥のさえずり。どれもこれも鬱陶しい。

 この世には、綺麗なものがあふれている。あふれすぎている。それらはいつだって、悲しみを知らぬもののように笑っている。

 俺は、君がいないこの世界が大嫌いだ。
 ……それなのに。

「なんで生きてるんだろうな……俺」

 そうだ。なんで生きてるんだろう。彼女はもういないのに。

 目の前には川があった。一部深そうだ。
 いっそ、このまま……。

 煌めく水面をぼんやりと見つめていたとき、視界の端に閃光が走った。
 ぽろろと、まるで水の中に落ちた白い絵の具のように。
 眉を寄せる。

「雷……?」

 しかし、我に返って目を向けた場所には、なんの残光もない。瞬きをする。

 幻だったのだろうか。空は晴れているし、雷の音もしない。
 再び歩き出そうと、足を踏み出したそのとき。

「――運命とは、まるで真昼の雷のように突然で、夢のように儚いものである」

 すぐ近くで、声が響いた。

 耳を疑った。雷の音の代わりに聞こえてきたのは、かつて愛した彼女がよく口にしていた言葉。その言葉を、彼女とはまったく違う声が言った。

 八月。蝉の声が鳴り響く夕方の河川敷。
 水面が太陽の光を反射して煌めく影を揺らす橋の下で、俺は時が止まったかのように動けなくなる。数度、外気温が下がったような気がした。

 真昼の雷のように現れたのは、紺色のブレザーの制服を着た見知らぬ女子高生だった。
 少し癖のある栗色の髪。陶器のように白く、きめの細かい肌。元はおそらくくりりとしているであろう二重の瞳を楽しげにすっと目を細めた少女が、僕を見て唐突に口を開く。

「ねえねえお兄さん、ちょっとお願いがあるんだけど」
「え……?」
「猫缶買ってきてくれない?」
「…………は?」

 見知らぬ少女は人懐っこい笑顔を湛えて、なぜだか俺に猫缶を所望した。