新そよ風に乗って ⑥ 〜憧憬〜

お父さんは、狡いね。
先に、さっさと逝ってしまって。
きちんとお別れをすることも出来ないくらい、あっという間に逝ってしまった。永遠の別れを覚悟する時間を作ってくれないまま……。
お腹いっぱいになってもデザートは別腹で、美味しく堪能して幸せな気分で帰ることになったが、やっぱり高橋さんが頑として会計を譲らなくてまたしてもひと悶着あったが、仕方なく折れてまたご馳走になってしまった。
まだ時間も早いし土曜日だから、この後何処かに行くのかなと少し期待に胸を膨らませながら、さっき来た道を戻り大きなスクランブル交差点で信号待ちをしていた。
エッ……。
いきなり高橋さんが、私の手を握った。
「これだけの人混みだと、お前小さいから見失いそう」
高橋さん……。
「迷子になったら、困るしな」
高橋さんの顔を見上げると、悪戯っぽく笑っている。
「もう、酷い」
「また、ウシか?」
「もう、知らない」
口を尖らせて、手をつないでいる恥ずかしさもあって拗ねるように横を向いてしまった
「ほら、渡るぞ」
「えっ? あっ。はい」
手を引っ張られるようにして、信号が青に変わってスクランブル交差点を渡り始めたが、人の往来が激しくてぶつかりそうになるため、高橋さんが少し前を歩いて私をガードするように渡ってくれた。
そして、交差点を渡りきって歩道に一歩足を踏み込んだ、その時だった。
「貴博?」
エッ……。
後ろから、高橋さんを呼ぶ女性の声が聞こえた。
何となく声のする方を見るのが怖くて高橋さんを見ると、高橋さんも声のする方を見ていた。
高橋さんに声を掛けたその女性は交差点を渡りかけていたが、戻ってこちらに近づいてきた。
「久しぶりね」
「……」
「フフッ……。忘れちゃった?」
「ああ、いい。外さなくても。騒がしくなっても困るから」