新そよ風に乗って ⑥ 〜憧憬〜

「そうですか。こちらこそ、よろしく」
「早速なんですが、更なる親睦を深めるためにも今度の金曜日、飲みに行きません?」
うわっ。
もう、飲み会のお誘いなんかしちゃってる。
相変わらず、大胆だなぁ。高橋さん。今、忙しいんだからやめて欲しいのに。
「金曜日は、申しわけない。用事が入っているので」
「いやぁん。そうなんですか? 残念。じゃあ、再来週の金曜日とかは、如何ですか?」
「再来週ですか? 今、決算なので、先が見えないんです。せっかくですが」
「もう。高橋さん。いつも、忙しいんだから。そんなに断られてばかりじゃ、嫌いになっちゃうわよ?」
「……」
「それじゃ、また来まぁす」
嫌いになっちゃうわよ? って……。
高橋さん。金曜日は、用事があるんだ。
漠然と、そんなことを考えながら書類に目を通して電卓を叩きだした。
「矢島さんも、またよろしくぅ」
うっ。
「は、はい。よろしくお願いします」
「それじゃ、高橋さん。また来まぁす」
また、よろしくされたくないけど……社交辞令、社交辞令。
紺野さんは、自分の言いたいことだけ言って帰っていった。
ふぅ……。
紺野さんとまゆみが同じ所属なんて、想像しただけでもまゆみとバトルになりそうで背筋がゾクッとした。

そんな今週も、5月の法人税書類提出に向けての前年度決算仮締め処理があって、泣きたくなるほど時間と書類に追われていて、金曜日も結局会社を出る頃には23時を回っていた。流石に、中原さんも疲れ切った表情で 「今日のデートはキャンセルしました。明日、出来たら埋め合わせします」 と、エレベーターを待っている時に中原さんの彼女を心配した高橋さんにそう言っていた。
遅かったこともあって高橋さんに送ってもらうことになり、2階で中原さんが降りるとそのまま地下2階の駐車場に高橋さんと一緒に向かった。
「すみません。お疲れなのに……」
「フッ……。少なくとも、お前よりは体力はあるから。もう遅い。真っ直ぐ帰るぞ」
「はい」