新そよ風に乗って ⑥ 〜憧憬〜

けれど、たっぷり睡眠を取ってゆっくりしていた方がいいと言われたので、その日は明良さんの作った朝昼兼用のブランチを食べてから、当直に行かなければならないと言っていた明良さんに、病院に行く前に家まで送ってもらってしまった。
翌週は、迫り来る法人決算の追い込みで仕事に追われる日々が続き、殆ど会社と家の往復だった。しかし、それがかえって良かったのか、父を思い出して涙することも殆どないほど家に帰ってからも疲れているのですぐに寝てしまい、お陰で不眠症気味だった夜も自然に解消されていた。
高橋さんとも、仕事に追われていて遅くなって帰りに送ってもらうことも多々あったが、中原さんと3人で食事をして帰るぐらいで、あの日以来、1番奥のあの部屋のことは会話に出ることもないまま、また週末になった。疲れていたけれど、高橋さんからの連絡を何処かで待っている自分が居たが、きっと高橋さん自身も忙しかったから疲れているだろうし、体を休めることに専念して欲しかったので、あの部屋のことは気になってはいたけれど、その思いも今は封印して部屋の掃除等をしながら週末はゆっくり過ごした。
週明け、朝礼が始まり、今年度の目標に関する各担当部長から話が始まった。本来ならば、先週行うはずだったが、先々週はLCC開業、社長のお話で持ち越され、先週は新入社員の紹介で思いの外、時間を費やした為、各担当の部長の挨拶は今週に持ち越されていた。
他の部長の挨拶が終わり、高橋さんの番になった
「おはようございます。会計の高橋です。新年度が始まりまして……」
ふと、周りを見渡すと、うっとりしながら高橋さんの話を聞いている女性社員ばかり。きっと、私もその中の1人なのかな?
そう思うと、先々週の週末は身近に感じていたはずの高橋さんが凄く遠い存在に感じてしまう。
ハッ……。
不意に、高橋さんと目が合った。