新そよ風に乗って ⑥ 〜憧憬〜

「そうですか……」
玄関先で、高橋さんが誰かと話している声が微かに聞こえてくる。
相手は、女性の声。
このまま、此処に居ていいのかな? 
帰った方が、いいんじゃ……。
ドアの向こうに何があるのか知りたい気持ちは山々だったが、それはそれとして今のこの状況はどうなんだろう? また、何時かみたいに高橋さんとの間を取り持つような交換条件を出されて……なんてことになったりしても嫌だ。
『ちょっと、待ってて』 とは言われたものの、先ほどのキャパを超えそうな緊張によるストレスと、座っていながら居場所に困っていることが悪循環を生み、自分の気持ちと居場所の無さで、何を優先すれば良いのかよく分からなくなってきて、勝手に苛立ちを覚えていた。
でも、待っててと言われたのだから此処で待っていようと自分を納得させ、来客が終わるのを座って待っていると、少しして高橋さんがリビングに戻ってきた。
「悪い。お待たせ」
「い、いえ……」
高橋さんは、手に大きな茶封筒を持っていたが、その封筒をソファーの備え付けのテーブルの上に軽く放り出すようにして置くとこちらにきた。
「あの……私、お邪魔なんじゃ……」
「いや、マンションの理事会の人だった。決算総会の書類だそうだ。どこも、決算なんだな」
高橋さんが自分のマグカップを左手で取り、私の左肩に右手を置きながら立ったままコーヒーをひと口飲んだ。
「さて、仕切り直しだな」
ピンポーン。
エッ……また……。
その音に、高橋さんがコーヒーを吹き出しそうになった。
だ、誰?
「今度は、誰だよ?」
高橋さんと同時にインターホンの画面を見ると、誰かが映し出されているのが見える。
すると、高橋さんが私の左肩に置いていた右手に少し力を込め、再びインターホンの方に向かって受話器を取った。
「今、開ける」
高橋さんがそう言って施錠を解除すると、直ぐにこちらに戻って来て椅子に座っている私を後ろから抱き締めた。
な、何?
「悪い。また、今度な」
「は、はい……」
耳元で囁かれ、驚いて背筋を伸ばした途端、一気にカーッと顔が熱くなってしまった。
こんなことされて、絶対心臓に悪い。
高橋さんの髪が、私の耳に触れてくすぐったかった。でも、いい香りがした。
もう、高橋さん。いきなり、そんな耳元で囁かないで。
ああ。顔が熱い。
「フッ……。まったく明良のヤツ、まるで謀ったように来るよな。昼頃って言ってたくせに」