新そよ風に乗って ⑥ 〜憧憬〜

「血圧上げて。高圧剤!」
「先生! 血圧30です」
「矢島さーん。聞こえますか? 矢島さーん」
「お父さん。しっかりして!」
「心臓マッサージ」
「血圧、30から上がりません」
「お父さん! しっかりして」
「お父さん!」
「お父さん。目を開けて」
ピーッと、長く無機質な電子音が虚しく鳴り響き、画面を見ると緑の波動が真っ直ぐな線になっていた。
「お父さん」
「お父さん……お父さん!」
医師が、腕時計を見た。
「誠に残念ながら、4月5日午後22時20分。ご臨終でございます」
嘘……嘘でしょう?
「お父さん。ありがとうございました」
母は、枕元で父に向かって深々とお辞儀をした。
その光景を見た姉と一緒に、ならうようにお辞儀をした。
「お父さん。お父さんの子供に生んでくれて、ありがとう」
自然に出た言葉だった。
「陽子……」
姉が、私の手を握りながら母の肩をさすっていた。
いつの間にか、医師と看護師は居なくなっていて、母と姉と3人でベッドに寝ている父を囲んで話し掛けていた。 
何だか父は、今にも起きていつものように話し出しそうな気がする。顔色も良いし、まだ亡くなったとは信じがたく実感がまったく湧かない。
暫くして看護師が来て、ずっと此処には居られないので病室を用意したからそちらに移りましょうと言われ、ICUから出て直ぐ近くの個室に案内されたのでその病室で待っていると、ベッドに横たわった父が移動してきた。
看護師と一緒に綺麗に体を拭いてあげると、いろいろ手続きや連絡することが沢山あると言って、母と姉は病室に私を残して出て行った。
病室で父の顔が間近に見える直ぐ傍に座り、ずっと話し掛けていた。
「お父さん。もっと、もっと一緒に居たかったのに。ゴールデンウィークには、帰るつもりだったんだから。それなのに……何で、こんなに早く逝っちゃったの? お母さんが、寂しがるじゃない。何処に行くにもいつも一緒で、あんなに仲が良かったんだから。お父さん。狡いよ、先に逝っちゃうなんて。こんなに早く……私達を……おいて」
1時間ぐらい父と話していたが、締め付けられるような哀しさから少し落ち着こうと思い、席を立った。