新そよ風に乗って ⑥ 〜憧憬〜

「でも、安心しろ。俺の心臓には、明良以上に毛が生えてる」
「プッ! 高橋さんったら、もう」
「子牛。気をつけて帰れよ」
「はい。あっ、ち、違います。子牛じゃないですから」
「はい、はい」
あれ?
「あの、はいは、1回じゃなかったでしたっけ?」
「……」
うっ。
思いっきり、冷ややかな横目で高橋さんに睨まれてしまった。
「お、お先に失礼します」
「会社じゃないぞ」
「あっ。そうでした。失礼します」
「気をつけて」
高橋さんは左手を挙げると、そのまま背を向けて行ってしまったので、その後ろ姿が人混みの中に消えて行ってしまうまで見送っていた。

新年度になり、フレッシュな新入社員が事務所に新鮮な空気を吹き込んでくれた4月第1週。無事にLCCが就航し、社内は明るい話題で活気に満ちていたが、今週ほど週末が来るのが楽しみだったことはなかった。
金曜日の夜ということもあって、明日に備えて半身浴をしてリラックスしながらベッドに入ったが、明日のことを考えると興奮してしまい、なかなか寝付けなかった。
ああ。今夜は、満天の星空を高橋さんと一緒に見られる。
そう思うと、待ち合わせの夕方までの時間が長く感じられる。もう20分おきぐらいに時計を見て、携帯をチェックしている。万が一、高橋さんから電話やメールがあったら困るもの。
掃除や洗濯を済ませて支度をして待っていると、時間通りに高橋さんからの電話が鳴った。
「もしもし。今、下に着いたから降りてきてくれるか」
「はい。今、行きます」