新そよ風に乗って ⑥ 〜憧憬〜

それに……。
高橋さんの立場に立ってみたら、あんな酷い言われようはない。 
もし、自分が身に覚えのないことにあそこまで言われたら、凄く気分が悪いもの。 
いくら勘違いだったとはいえ、酷い言い方をしてしまったことには変わりない。 
高橋さんを失うことになってしまったけれど、あんな言い方は人として良くない。言われた方は、堪らないはず。
このままでは、いけない。 良くない。 1人の人間として、また高橋さんの部下として、恥ずかしい振る舞いや暴言を浴びせたことをお詫びしなければ。
高橋さんに酷いことを言ってしまったことだけでも、きちんと謝ろう。 それで、どうこうなる問題ではないけれど……。 せめて、謝りたい。
ソファーに座って、高橋さんがベランダから戻ってくるのを待った。
どのくらい、待ったのだろう。 
サッシの開く音がして、高橋さんが部屋の中に戻って来た気配がした。
「こんな暗いところで、何してるんだ?」
高橋さんは至って普通に話し掛けてくれたが、それがかえってとても冷たく感じられる。
「高橋さん。 私……」
「ん?」
煙草をテーブルの上に置いて高橋さんが隣に座った途端、緊張と哀しい決意とで、切ない鼓動が響いている。
せめてもの救いは、高橋さんが照明を点けないでいてくれたこと。 まともに高橋さんの顔を見られないし、今の表情も見られたくない。 
そのことに高橋さんが気づいているのか、いないのかは分からないが、感謝した。
「ごめんなさい。 高橋さんに、酷いことを言ってしまって」
「もう、気にしなくていい」
そんなに、優しく言わないで。
「でも、私……高橋さんを信じていたんです。 これから先も、ずっと高橋さんを信じていたいし、信じたいのに。 それなのに、不安になってしまって……。 キャサリンさんとのあんな場面を見てしまったから、もうどうしていいか分からなくて……。 でも、私……ヒクッ……ヒクッ……」
やっぱり泣いてしまう、自分の弱さが情けなくて悔しい。
高橋さんのことになると、どうしても感情が制御できなくなって、つい涙腺が緩んでしまう。
そんな私の髪の毛を、高橋さんが右手でクシャッとした。
「泣くな。 もう、済んだことだろ?」
そんな優しい声で、言わないでよ。
本当に、済んだことなの?
その一言で、片付けられてしまえるものなの?
高橋さんの中では、私とのことも、さっきのことも、もうそれすら過去のものになってしまっているの?
私には、無理。