「えーっ! 嘘ですよね? そ、そんな……私、困ります」
事務所中に、響き渡りそうな声を出してしまった。
「でも、午前中の会議でもう決まっちゃったから、仕方がないよ」
「ちょ、ちょっと、待って下さい。中原さん。何で、私なんですか? そういうの、絶対苦手なんです。む、無理ですから」
チラッと高橋さんを見たが、聞こえているはずなのに高橋さんは素知らぬ顔をしながらパソコンの画面を見ていた。
「高橋さん!」
「ん?」
慌てて、高橋さんの席に駆け寄った.
すると、高橋さんはパソコンの画面に向けていた視線を外し、椅子の背もたれをグッと後ろに反らせながら頭の後ろで両手を組んだ。
「もう。中原さんに、何とか言って下さい。何で、私が部内旅行の副幹事にならなきゃいけないんですか? しかも、会議に出席していた中原さんは委員じゃないなんて絶対おかしいですよぉ。無理です。中原さん。私、絶対無理ですから」
高橋さんの席の横に立って、必死に訴えるように中原さんに向かって言った。
「まあ、仕方ないだろう? もう、決まっちゃったんだからな」
「高橋さんまで……」
椅子の背もたれにグッと寄り掛かっていた背中を元に戻し、高橋さんは机の上で両手を組んだ。
「幹事は、誰なんだ? 中原」
「第2の佐藤です」
佐藤君?
確か、去年入社の子だ。
8月に異動して来た時、今年の新人だと挨拶を交わした記憶がある。
「ああ。去年入社の佐藤か。でも、もうホテルも毎回同じで決まってるし……そんな大変じゃないだろう。矢島さん。まあ、頑張れ」
「高橋さぁん……」
声のトーンが、下がってしまった。
やっぱり、逃れられないのね。嫌だなぁ……。
今は、まだ6月末で旅行は11月だけれど、仕事をしながらの進行なので、株主総会も終わった今頃から少し暇になる時期を見計らって早めにこういったことは決めて行く。
でも、まさか自分が旅行の副幹事になるとは思ってもみなかった。
高橋さんとは、あれからごく普通に接しているが、仕事が一段落して暇になった今は、残業で遅くなることもあまりないから殆ど一緒に帰ることも、送ってもらうこともなく、無論、週末に会うこともなかった。
父の納骨や、法人税の締め等もこなして慌ただしい日々を送っていたこともあり、高橋さんとは倒れた旅行の日、あの病院で話して以来、何の進展もないまま。 
しかし、気持ちもだいぶ落ち着いて来ていたので、焦らずゆっくり待つと決めた信念を貫いていた。
「噂をすれば、本人登場だぞ」
高橋さんの声に反応して視線を上げると、向こうから佐藤君が歩いてきた。