「それなのに……。何で、何もなかったのよ!」
「えっ? な、何が?」
何で、まゆみはこんなに怒っているんだろう?
「何がって、陽子。あんた、幾つよ?」
「25……」
「それなら、もうれっきとした大人。25の女子と30だかの男子が2週間近く一緒に居て、何もなかったなんて変でしょう?」
変って……。
「あっ! そう言えば、まゆみに教えてもらったARIKIパンツ、大活躍だった」
「でしょう? ARIKIパンツは皺にならないし、履いていて楽だし、機内でも締め付けられないから本当にお勧めなんだよ。普段も会社でも履いてるし」
「うん。私も履いてる。もうやめられない」
高橋さんも、脚が長く見えるって褒めてくれたし……。
「違うな。変というより、寧ろ不自然でしょう」
エッ……。
「ふ、不自然?」
「そう。健康な男子が、女子を目の前にして手を出してこないってところに、どうも私は引っ掛かる。ニューヨークで、何かあったぁ?」
そう言うと、疑惑の眼差しでまゆみは私の顔を覗き込んだ。
「な、何もないわよ」
「本当にぃ?」
「ほ、本当だって。い、嫌だな、まゆみったら。本当に、何もなかったから。何も……」
『日曜日、ブルックリンから戻ってくる途中で、昔好きだった人と擦れ違った』
ブルックリンの橋の途中で擦れ違った子供連れの女性が、高橋さんが好きだった人だったなんて。広い世界なのに、あまりにも偶然だった。
あれから、幾度となく思う。あの時、もっとその女性の顔を見ておけば良かった思う反面、でも見てしまったら……またそれはそれで、後悔していたかもしれないと。
「そう。でも、陽子。あまりのんびりしていると、誰かに横取りされちゃうかもしれないから気をつけな。モテる男は、女に事欠かないっていうでしょう? 労せずしてゲット出来ちゃうから、あまりガツガツしていないんだろうと思うけど。でも、偶には陽子の方から意思表示をしないとね」
「意思表示?」
「うん。安心して一緒に居られることは、勿論大切なことだと思う。でも、人間誰しも刺激が欲しい時だってあるからさ。だから、陽子の方からハイブリッジのことが好きですオーラを出しまくってその気にさせることも大事だってこと」
「好きですオーラを出しまくるって、まゆみ。そんなこと、恥ずかしくて出来ない私」
「あーら。ならば、ハイブリッジを誰かに取られちゃってもいいの?」
「そ、それは……」