ニーナはぼうっとする頭で先程みていた夢を反芻してみるも、やはり相手の顔は分からない。もう何度もみている夢だ。美しい森のなかで、誰かが泣いている。泣かないで、そう触れようとすると夢は覚めてしまう。
 いつも通りだ。相手の名前はもちろん、声も顔も覚えていない。ただ記憶に残っているのは美しい、水面のような蒼い瞳だけ。
 その瞳は幼いニーナの記憶に刻まれた、淡い初恋だった。

「せめて顔だけでも覚えていたら……」
 二度寝をしようと寝返りをうって、外で鳥の声がしているのに気付いたニーナは飛び上がった。
「大変! 急いで朝食の準備をしないと――」
 家事の邪魔にならないよう髪を後ろでまとめようとして、いつもの場所に紐がないことに気付く。いや、それだけではない。灯りがなく薄暗い状態でもそれは一目瞭然だ。ニーナの見慣れたいつも通りの風景などそこには存在していなかった。

 唖然としたニーナは、ふと寝台近くの化粧台に備え付けられた大きな鏡の中の自分と目が合う。