あれから私たちの間に会話はなく、二人横に並んで学校まで歩いた。

恥ずかしかった気持ちと、隼のことを完全に男として自覚してしまった私。この二つが入り混じって、会話どころではなかった。

時々、彼の方を見ると気だるそうにタオルで頭を拭いていて、私だけときめいていてバカらしく思えてくる。

(隼は私のこと幼馴染としか思っていないんだろうな・・・)



「じゃーな。部活終わったら迎えいくわ」

「わ、わかった。無理して一緒に帰らなくてもいいからね」

「そんなんじゃねぇーから」

あ、まずい。あれは怒っている言い方だ。何がいけなかったのか思い返すが、全くわからない。

とりあえず、考えても仕方がないので自分の教室へと向かう。

「おはよ〜、莉音!今日も隼くんと、登校ですか〜?」

「あ〜!またそうやって私のことからかう。萌絵(もえ)にはわからないよ。あのハイスペック男の隣を歩く私の辛さが!」

教室に入って早々に話しかけてきたのは、私の中学からの親友・花井萌絵(はないもえ)

「お〜っと、そうやって隼くんの自慢ですか〜?いや〜、羨ましい限りですわ!」

「も〜! 違うって!萌絵の意地悪・・・」

「拗ねた拗ねた!本当、莉音は可愛いな〜」

いつもながら私のことを妹かのように扱ってくる彼女。まぁ、悪い気はしないからいいのだが。

「おはよう!七瀬(ななせ)さん」

「おはよう、奏真(そうま)くん。いい加減、中学からの付き合いなんだから、莉音って呼んでもいいのに」

彼は輝井奏真(てるいそうま)。唯一この学年で、私と萌絵と同じ中学出身。彼も誰かさんと同じで、モデル並みのルックスと艶のある黒髪のセンターパートに高身長。おまけに文武両道と弱点が存在しない優等生。

話によると、次期サッカー部のキャプテンとも噂されているのだ。うちのサッカー部はそれなりに強豪校なので、そのキャプテンでイケメンともなると、人気も凄まじいものとなってくる。

実際に、奏真くんと隼はこの学校の二大イケメンと噂されるほどの認知度を誇っている。彼らのファンも数えきれないほど。ファンクラブもあるとか、風の噂で聞いたこともあるくらい。

若干オラオラしている隼は月。明るく誰とでも仲良く接することができる奏真くんは太陽。彼らはそんな風に『月と太陽』と比較されている。

当の本人たちは全く気にしていない様子なのが、彼ららしいところでもある。

「僕には、まだ早いかな・・・」

「なんでよ。もう、三年近くの付き合いでしょ!中学も三年間同じクラスだったのに」

「とにかくいいんだよ。呼べるようになったら、ちゃんと名前で呼ぶからさ」

「約束だよ!」

「う、うん。頑張るよ、色々と・・・」

「はぁ、莉音はほんっとに鈍感なのね」

「へ?」

「まぁ、いいわ。光が勝つか、闇が勝つか。これは見ものね!」

萌絵が何を言っているのか、私には理解できなかった。奏真くんは、暑いのだろうか。顔を赤らめて俯いているだけだった。



空に高く上がっていた太陽もオレンジ色に輝き始める放課後を迎える。

今日の授業も私の頭には、どれも難しいものばかりだった。三角関数、微分・積分...なんだそりゃ。こんなのを全国の高校二年生は解いているのかと思うと頭が痛くなってくる。

特に数学が苦手な私は、週に四回はある数学の授業が最も苦痛な時間。奏真くんは相変わらず、顔色一つ変えることなくスラスラと問題を解いていた。

先生から当てられた難しいとされる問題を難なくこなしている姿は少しだけかっこいい。できるなら、このポンコツの脳みそに教えを乞うてほしい。

「萌絵〜。もう私、数学だめだぁ。来月のテスト、数学赤点取っちゃうよ!」

「ドンマイドンマイ!誰かに教えて貰えば?」

「そんな嬉しそうに言わないでよ。萌絵、教えて!」

実は萌絵もかなり勉強ができるのだ。テストでも毎回上位に食い込むほど。

「えー、やだ。私教えるの上手くないから、莉音すぐ頭パンクするよ」

「そんなぁ〜」

「よかったら、僕が教えようか?」

萌絵の背後からひょこっと顔を出してくる奏真くん。確かに彼なら教えるのが上手いと評判だし、もってこいの相手なのだが...

「奏真くん、部活は?」

「今日はたまたまオフなんだよ。だから、教えてあげられるよ?」

「そうなの!じゃあ・・・」

『きゃあ〜!!!』

廊下から耳が張り裂けんばかりの黄色い歓声が、私たちの階に響き渡る。何事かと思い、振り向いた時には遅かった。

「おい、帰るぞ」

手首を大きな手に掴まれ、無理やり教室の外へと連れ出そうとする誰か。ま、こんな強引なのは一人しかいないのだけれど。

「・・・ちょっと、隼!私、今から奏真くんと・・・」

「んだよ。わかんねぇなら俺が教えてやるよ」

「隼まだ一年生じゃん。二年生の範囲がわかるわけ・・・」

「はぁ?俺はとっくにその範囲自分で終わらせたわ」

恐るべき天才的発言に言葉を失う私。

「で、でも奏真くんに誘われて・・・」

「知らねーよ。俺ができるなら俺でいいだろ。そんなにそいつとしたいならいいけど・・・よ」

後半になるにつれ声量が小さくなっていく隼。

「いいよ。七瀬さん、また今度で!」

私たちの険悪な雰囲気を壊すように、明るい声が私の耳へと届いてくる。

「奏真くん・・・ごめんね。また今度よろしく!」

「また今度か・・・」

ボソッと呟く隼の囁き声が、なんだか悲しみを含んでいるように聞こえるのは気のせいだろうか。

グイッと腕を隼に引き寄せられ、私たちの体の距離がグッと縮まる。不覚にも心臓がまたしてもドキッとしてしまう。

「それじゃ、七瀬さんまた明日ね」

「先輩」

奏真くんに返事をしようと思った矢先、隼の冷たい声が奏真くんへと向けられる。

「なんだい?」

こころなしか、奏真くんの声も殺気立っているような。

「こいつは俺のもんなんで、手出さないでくださいね」

(え・・・急に何を言ってるの。俺のもん?いつから私は・・・でも、嫌な気がしない)

「なら、しっかり守って見せなよ?」

笑みを浮かべているが、どこかいつも私に向けている笑みとは違う奏真くん。

「余裕です。それじゃ、失礼します」

腕を隼に引かれながら、私は教室をあとにした。教室からは歓声や悲鳴が所々から上がっていたが、私にはそんなことどうでもよかった。

それよりも隼の言葉が気になりすぎてそれどころではなかったんだ。ただ一つだけ分かったことがある。隼と奏真くんは仲良くなることはできないのだと。