耳と鼻先が冷たすぎて痛い。ミーシャは大きく息を吸うと、空に向かって話しかけた。

「炎の鳥よ。私を温めて」

 しばらくすると、小さな炎の鳥が飛んできた。手の甲を高く差しだすと、ふわりと留まった。

「来てくれてありがとう」

 ミーシャはクレアだったころのように火を自在に操ることはできないが、炎の鳥を呼び、力を借りることはできる。

 羽を閉じた炎の鳥が小首をかしげる。手の甲がじんわりと温まっていく。だけどまだ寒い。フードを深く被り直して先を急ぐ。この辺りは自然公園だが、悪魔女を偲ぶ者は少なく人気はなかった。

 突然、炎の鳥が手から飛び立った。頭上を旋回すると、北の方向へ飛んで行く。

「こっちに来いってこと?」

 呼ばれているみたいだった。鳥の姿が見えなくなった方角はクレアの石碑がある自然公園だ。

「おかしい。寒すぎる」

 冷たい風が吹いていた。満月のお陰でうっすらと足元が見えるが、近づくほどに温度が下がっていく。

「まさか……」

 クレアの命日は明日だ。あの子がここに、いるはずがない。と、一瞬浮かんだ考えを、頭を振って否定する。見て確かめようと、ミーシャは足を進めた。

 石碑へ行くには森を横切ったほうが近道だった。炎の鳥を呼び戻し、そのまま腰ほどまで伸びた茂みの中へ入る。とくとくと逸る胸の鼓動を感じながら草をかきわけ、道なき道を行く。

 目の前の枝葉を手で押しのけたミーシャは、そのまま固まった。

 自然公園の隅にひっそりと建てられているクレアの石碑は二メートルほどで、左右にはかがり火と中央に供花台がある。その前に一人の男性がいた。

 ――リアム・クロフォード皇帝陛下。

 月明かりに輝く銀色の髪を見た瞬間、かつての弟子だとわかった。
 リアムは丈の長い黒色の外套を羽織っている。煌びやかな装飾品は身につけていない。質素な装いだ。侍従や護衛の姿は見当たらない。たった一人。知らない人が見れば、隣国の王だとは気づかないだろう。

「誰だ」

 すぐに振り向かれ、隠れる暇がなかった。
 空を閉じ込めたような青い瞳と目が合い、息を呑んだ。