「大変!」
 リアムは思わず立ちあがり、駆けだした。噴水の中を覗くと花冠が水面の上にあった。身を乗りだし、手を伸ばす。

「勝手に席を立つんじゃない」

 オリバーに声をかけられたリアムは、花冠をにぎると振り返った。自分を追いかけてきたのは叔父だけじゃなく、クレアの姿もあった。

「拾ってくれたんだね。ありがとう」

 クレアの白い手が伸びてくる。会場にいるすべての人の視線がリアムに集中していた。心臓が高鳴ると同時に、そばの噴水がビシッと音をたてて凍りはじめた。

「リアム、落ち着きなさい!」

 あわてるオリバーの声が聞こえた。
 緊張は最高潮に達していた。落ち着きたくても、一度暴走しはじめるとコントロールができない。

 オリバーは噴水が凍っていくのを阻止しようと魔力を使うが、それよりも速いスピードで噴水と自分の足下を中心に地面まで凍っていく。きれいな花を咲かせていた花冠はすっかり凍ってしまった。

 周りの大人たちはざわめき狼狽えているが、遠巻きに見守るだけで近づいてこない。

「ご、ごめんなさいっ!」

 謝るために吐いた息すら凍っていく。焦るほどに力は暴走していく。このままでは目の前に立つクレアも凍る恐れがあって危ない。離れようと一歩後ろにさがったときだった。
 彼女がにこりと笑った。

「殿下はやさしいのですね」
「やさしい、え……?」
「大丈夫だよ」

 クレアは距離を縮めると、凍ってしまった花冠に向かってふうっと息を吹きかけた。花の表面を覆っていた薄氷にひびが入る。ぱらぱらと小さな音をたてて花から剥がれ落ちていく。

 リアムが目を見張っていると、彼女は両手のひらを上にした。ふわりと炎が浮かぶと、小さな鳥の形になって空高く飛びあがった。

『炎の鳥』が噴水の回りを数周旋回すると氷は溶け、普通の水に戻った。
 周りで見ているだけだった大人たちから歓声があがる。

「クレア公爵令嬢、ありがとう、世話をかけた。騒がせてすまない」

 感謝をのべるオリバーにクレアは首を横に振ると、花冠に手を伸ばした。

「リアム殿下。これは友好の証です。どうぞお受け取りください」

 クレアはまだ放心したままのリアムの頭上に、花冠をそっと乗せた。