「陛下、どうぞ椅子へ」
「戦場に出れば、土の上や雪の上で寝る。やわらかい絨毯なだけまだいいほうだ」
「ここは戦場じゃありません!」
「戦場のようなものだ。油断すると寝首をかきにくる者がいる」
「……どういう意味ですか?」

 血の気がさっと引いた。

 ――今までに何度も危険な目にあったというの?

 氷の皇帝リアムは臣下に慕われている。敵より味方が多いこの場所でも心休まらないということかと思うと、胸が苦しくなった。
 正座したまま考えこんでいると、彼は薄く笑った。

「脅すようなことを言ってすまない。大丈夫。令嬢は俺が必ず守る。だからこそ、同じ部屋。わかった?」

 子どもに話すような、やさしい声だった。ミーシャはドレスの裾をぎゅっと握った。

「まだ、承服しかねます」
「ここは、陰謀が渦巻く宮殿ってことだ」

 頭にまっさきに浮かんだのは、ノアの母親、ビアンカ皇妃だった。

「陛下に御子ができると、困るかたがいらっしゃるのですね?」

「国は守る。が、皇帝という立場に未練はない。ビアンカには、成人したノアが望めば王位はすぐに譲ると伝えてあるんだが、なにをしでかすか油断ならない」

 皇太子の息子を冷たい目で見下ろすビアンカが、どういう感情を抱いているのかは図りきれなかった。眉間に皺を寄せていると、

「ビアンカ皇妃については気にしなくていい」

 リアムの手がミーシャの頭に伸びてきて、やさしくぽんぽんとなでた。

「脅してしまったから、怖くなった?」
「別に、私は……」
「用心はして欲しい。が、そこまで心配しなくてもいい。俺が必ず無事、国に帰してやる」

 彼は、一度懐に入れると、なにがなんでも守り抜こうとするやさしい人だ。だからこそ味方もたくさんいる。彼が慕われ、好かれる理由だ。

「ただ、今夜は来賓が多い。警戒は強めているが、守るなら俺が傍にいるのが一番だ。違うか?」

 リアムが覗きこむようにミーシャに顔を近づけてきた。あわてて後ろにのけぞり、距離をとる。

「一緒の部屋なのは、わかりました」
「納得したならよかった。じゃあ、ベッドに行こうか」
「やっぱり、納得できません!」