「ミーシャ、人の話を聞いていたか? 俺は、キスしながらお願いをしろと言った」

 リアムは「守りますは、お願いじゃない」と眉尻を下げながら笑った。
 そのままミーシャを下ろすことなく、すたすたと歩く。進路を塞いでいた人たちは、リアムが声をかける前にさっと避けて、道をあける。

「陛下。私は大丈夫です。陛下まで退席しなくてもいいです」

 なにを言っても彼は止まらない。そのまま会場を出てしまった。
 黄金で彩られたきれいな天井画が、ここに来て見上げたときよりも近い。
 
 ――手を伸ばせば、届きそう。
 
「今夜はありがとう。婚約者のお披露目は無事にすんだ」
 
 天井ではなく、リアムを見る。

「でも……」
「身体が心配なのは本当だ。今日はもういいから休め」

 子どもをあやすように、彼はやさしい声で囁いた。

「わかりました。休みます。だから、下ろしてください」
 
 リアムは苦笑いを浮かべると、ミーシャをゆっくりと下ろし、目の前に手を差しだした。握れということらしい。触れた手は冷たく、思わずぎゅっと握った。

「陛下も休んで温まったほうがよさそうですね」
「このくらいの冷えなら平気だが、きみの上がった熱を下げるのにちょうどいいかもな」
「人をからかう元気はあるようで、なによりです」

 リアムはふっと笑うと、ドレスのミーシャを気づかいながらゆっくりと歩きはじめた。振る舞いがスマートで、女性の扱いに慣れている。

「これまではナタリーさまが……温めていたのですか?」

 考えるよりも先に、浮かんだ疑問を口にしていた。言ったあとでしまったと思った。リアムは足を止め、不思議そうな顔でミーシャを見る。

「アルベルトの兄弟とは幼少のころからの付き合いなだけだ。ナタリーに触れたことも、治療してもらったことも一度もない」
「ですが、ナタリー嬢は、陛下の……お妃候補でしたよね」

「俺は誰とも結婚するつもりはない。周りが勝手に騒いでいただけだ」
「でも、ナタリー嬢は……、」

 陛下のことを慕っていますよね? と訊こうとしたが、言葉が詰まった。

 黙っていると、「ミーシャ」と呼びながら彼は繋いでいる手を持ちあげた。