天の果てから炎の鳥が現れ、自分たちのそばに舞い降りる。照らす太陽のように、朱い光を放ちながら気持ちよさそうに、自由に飛んでいる。
 
 しばらく進むと、目の前に大きな流氷の結界が見えてきた。そこでリアムは馬の足を止めた。

 どうしたのだろうかと振りかえると、リアムはミーシャの顎に触れそっと、唇を重ねた。

 触れた場所から熱が灯っていく。周りには誰もいない。リアムと二人きりだ。
 きっと、リアムを必要以上に意識して、顔が赤くなってる。
 ミーシャは恥ずかしくて、彼から顔を逸らした。

「流氷の結界を渡って、先に進まないの?」
「ジーンたちを引き離しすぎだ。後ろが追いつくまで、ここで待つ」

 子どもが欲しいと散々言っておきながら、その実、まだ心の準備は整っていない。
 リアムと目を合せることができなくて、前を向く。

「初めて流氷の結界を見たとき、とてもきれいでびっくりしたの。侵入者を容赦なく凍らせる結界だと思うと怖かった。同時に、尋常じゃない量の魔力の消費に不安になった。リアムの身体がますます心配になって、落ち着かなかったわ」

 リアムはくすっと小さく笑った。

「おかげで俺は、ミーシャとオリバー二人に、結界を解けと散々言われた」

 今度はミーシャがくすりと笑った。

「ねえ、リアム見て。ずいぶん南下したはずなのに、まだ息が白い……」
 
 陽に照らされた粉雪が、煌めきながら静かに舞っている。
 ミーシャは、ひんやりとした風の中、雪を追いかけて手を伸ばす。すると、その手をリアムはそっと掴み、指を絡めた。

 この地に来たときは逃げられ、触れられなかった雪の結晶が今、この手にある。
 それが嬉しくて、泣きそうになった。ミーシャは愛しい人を見つめた。

「フルラ国の最南端は海なの」

 ミーシャはリアムの頬に手を伸ばした。

「空を溶かしたみたいに碧い色をしているわ。リアムの瞳の色みたいに透き通っていて、とてもきれいよ。あなたに見せたい」
「わかった。見に行こう」
「約束ね」
「二人でいろんな物を一緒に見て、経験していこう」
 
 二人のあいだに約束が増えていく。それはお互いを縛るためのものではなく、結束を強める絆だ。これからも、お互いを想い合い、途切れることなく大切に紡いでいく。

 雪と氷の精霊獣『白狼』が、蒼玉色(サファイア)に発光する流氷の結界を飛び越え、渡っていく。

 復活を司る精霊獣『炎の鳥』は、ミーシャの横を勢いよくすり抜けた。細氷が煌めく中、優雅に羽ばたき、風渡る空に舞い上がる。

「絵本で見た楽園に入りこんだみたい」
「幼いころ、初めてフルラ国を見たとき、俺もそう思った。この美しい世界を二人で守ろう」

 ミーシャはリアムに向かってほほえんだ。

「氷の皇帝と炎の魔女ならきっと、できるわ」

 お互いの存在を確かめるように手を強く繋ぐ。顔を寄せ合い、視線は前に向ける。

 銀色に輝く雪原を楽しそうに駆けていく白狼と、青い空を自由に舞い続ける炎の鳥を、ミーシャとリアムはいつまでも愛しむように、眺めつづけた。



fin.