―半日前―

 *ミーシャ* 

 雪が降る戦地で、「必ず戻る」と約束をしてリアムと別れたミーシャは、炎の鳥に乗って西寄りに南下していた。馬で氷の宮殿がある北へ向かったリアムとは反対方向だ。

 広大なグレシャー帝国だが、流氷の結界が異常に発光している場所へは炎の鳥のおかげですぐにたどり着けた。カルディアとの国境付近にミーシャは降り立った。

 そこには見るに耐えられない光景が広がっていた。人が、重なるようにして凍っている。

『流氷の結界』は、外敵を寄せ付けないためのもの。足を踏み入れてもすぐに思い止まり引き返せば完全には凍らない。兵士たちは決死の覚悟で前へ進もうとしたのだろう。

 ――胸が痛い。

 ミーシャはすぐに、氷像のように動かなくなったカルディア兵を、炎の鳥を使って溶かしはじめた。

「そこでなにをしている!」

 グレシャー帝国兵が数人、ミーシャに気づいて、近寄ってきた。

「私は、怪しい者じゃありません!」

 と言ってみたものの、戦場に一人でいる女性は不自然だ。しかも氷を溶かそうとしている。
 グレシャー帝国兵は明らかに警戒を募らせたようだ。ミーシャは取り囲まれてしまった。

「私の話を聞いてくれませんか?」
「捕らえたあとでたっぷり聞くよ」

 身分が高そうな身なりをした中年の隊長が一人、ミーシャに近づいてきて手を伸ばす。

 ――ここで、捕まっている時間はない。

「……ごめんなさい!」

 ミーシャはしかたなく炎の鳥を放った。熱くはないが、突然鳥の形をした火に襲われた兵士は驚き、あわてた。その隙にミーシャは逃げだした。

 炎の鳥に飛び乗り、その場を離れる。高く飛ぶと目立って見つかってしまう。これ以上騒ぎを大きくしたくない。

 追っ手が来ていないのを確認すると、人気がない除雪した雪を一時的に集め置いておく堆雪場に身を隠した。