「いや、だ。いかないで! 師匠がいなかったら、生きていけない……!」

 ――そんな悲しいこと言わないで。

 愛弟子の悲痛な叫び声に胸が痛い。だけどもう引き返せない。身体は炎の鳥と一体となって、天に昇っていく。
 悪い魔女の自分には地獄が待っているはずなのに、炎の鳥が進む先は、銀色で美しい世界だった。まるでリアムの髪色のように、きらきらと輝いている。

 ――リアム、大好きだよ。

 薄れてゆく意識の中、魂をふり絞る。
 自分が消えてしまう最後のときまでクレアは、彼の幸せを願い続けた。

 *・*・

 ミーシャ・ガーネットは、ぱっと目を見開いた。
 重たい頭を持ちあげ辺りを見まわす。目尻の涙を指先で拭い、寝台から起きあがった。

 また、昔の夢を見てしまった。
 鳥の囀りが聞こえ、外に目を向けると窓が開きっぱなしだ。目をこすりながら近づくと、ひやりとした風が頬をかすめた。

 澄みわたる朝の空気を深く吸い込んでから窓を閉める。朝焼けの空のような紫の瞳の『彼女』がガラスに映り、目が合った。

「クレア。あなた、どうして生まれ変わったの?」

 窓ガラスに映る自分からは返事がない。苦笑いを浮かべると、ミーシャは視線を逸らした。
 長く伸びた朱鷺色ときいろの髪を後頭部に結いあげる。旅商人が着るシンプルな服に身を包むと、白いフードを深く被った。

 最近、侍女に出歩きすぎだと注意されたばかりだ。中庭で洗濯を干す彼女たちに見つからないように部屋を抜け出し、屋敷の裏手へと忍び足で向かう。

 ――行かなければ。街には病やケガで苦しんでいる人がまだたくさんいる。

 ミーシャにはクレアのときから培った薬草の知識があった。必要な薬を早く届けてあげたい。裏門に繋がるドアに向かって足早に、長い廊下を進んでいたときだった。

 鷹の形をした朱い炎が突然現われ、ミーシャの行く手をはばむように舞い降りた。