「私、あなたに怒っているので」
「今日が初対面と思うが、令嬢になにか失礼なことをしたかな?」
「こんな夜分に、バルコニーから来るのは失礼と思います」
「ああ。そうだね。まあ許せ」

 悪びれるようすもなく彼が近づいてくる。その分ミーシャはさがった。

「どうして、リアムを苦しめるんですか?」
「苦しめる? なんのことだ」

 オリバーは目を細めると続けた。

「令嬢のほうが、リアムを苦しめる。恐ろしい《《炎の魔女》》は、《《氷の皇帝》》の妃にふさわしくない」

 オリバーの言葉にいちいち傷つきたくない。ミーシャはぐっと奥歯を噛みしめた。

「グレシャー帝国は、どこもかしこもリアムの婚約者の話で持ちきりだった。陛下にふさわしくない。恐ろしい魔女。陛下をどうやってたぶらかしたんだ。私は魔女の皇妃に反対だと散々だ」

 オリバーは愉しそうに笑った。そして、なにかを思いだしたらしく、ミーシャを見た。

「魔女を倒す英雄の本。あれも私が広めた」
 
 赤い髪の女性が睨んでいる絵本の表紙を思い出し、胸に痛みが走った。
 
「あの本は本当に人気が出た。みんな悪い奴が倒される物語が好きだからな。グレシャー帝国だけじゃなく、フルラ国でもこれから人気が出るだろう」
「……どうして、そこまでするんですか?」

 怒りで声が震えた。一方のオリバーは涼しい顔のまま平然と言った。

「魔女が嫌いだからだ」

 びゅっと強い風がミーシャの髪をなびかせる。小さな炎の鳥では吹き飛んで消えそうな風だった。

「私が嫌いだと、わざわざ言いに尋ねてこられたんですか?」
「いや、違う」
「要件はなんでしょうか」
「魔女は嫌いだが、クレアが発明したクレア魔鉱石はすばらしかった。それをもらいに来た」

 怒りがこみあげてきて、ミーシャはオリバーをきつく睨んだ。

「……ありません」
「そんなはずはない。リアムから受け取っているだろう。よこせ」
「本当に持っていません」

 オリバーは「そうか」と、一度思案顔をすると、再びミーシャを見てほほえんだ。