「わたくしは、幼いころから将来は陛下を支える妃になると聞かされて育ち、わたくし自身もそうなりたいと望んで、生きてきました」
「ナタリー、でも俺は……、」
「陛下の心にクレアさまがいるのは知っています。それでも私はかまいません……傍で、陛下を支えることがわたくしの幸せですから」

 ジーンは、ミーシャを求めてしまう感情を恋だという。
相手を想う気持ちがわかるからこそ、ナタリーの言葉がリアムの胸を締め付ける。

「ナタリー。きみの気持ちはわかった。だが、どれだけ俺を想ってくれても、その気持ちに応えることはできない」

 ナタリーは息を吞むと、下を向いた。

「俺は、誰かに支えて欲しいんじゃない。大切な人たちを支えたいと思っている。守るだけじゃなく、みんなを、できるだけ幸せにしたい。もちろんナタリーのことも。だけど、ごめん。きみの望む幸せは、叶えてあげられない」

 想いを伝えるのは、とても勇気がいる。
だからこそ、最大限の敬意を示すべきだ。淡い期待を持たせるような中途半端な返答はしたくなかった。

「俺がこの手で幸せにしたいと思うのは、ミーシャだけだ。この命続く限り、彼女に俺の傍にいて欲しい。いつも、笑っていて欲しいと願っている」

 ナタリーは、一度深く息をはくと、顔をあげた。

「陛下。……クレアさまのことは、忘れられそうですか?」
「それは、無理だろうね」
「それでも、彼女を選ぶと」
「ミーシャが嫌じゃなければ」

 ナタリーはふっと、肩の力を抜いた。

「陛下、勝手ですね」
「きみの兄曰く、恋とは自分勝手でいいそうだ」

 一瞬驚いたあと、彼女は小さく笑った。

「正直、薄々と、わかっておりました。陛下の言葉で言っていただけて、すっきりしましたわ。……ありがとうございます」

 ゆっくりと長く、ナタリーは頭をさげた。

「気持ちは、簡単には吹っ切れませんが、陛下への忠誠心は、かわりません。わがアルベルト家が力になれることがあれば、なんなりと申してくださいませ」

「ありがとう。恩にきる」

 顔をあげた彼女の頬はぬれていた。

「陛下。近々、カルディアに赴くと兄から聞きました。差しでがましいことを申しますが、陛下が留守の間、ミーシャさまをアルベルトの者にも守らせていただけませんか?」

「きみの心づかいは感謝する。だが、それには及ばない。ミーシャは、一緒に連れて行く」

 ナタリーは目を見張った。

「彼女が、魔女だからですか?」
「魔女だから連れて行くと言うより、ここに置いていっても危険だからだ」

 ナタリーは、下を向いて逡巡したあともう一度リアムを見た。

「陛下、ミーシャさまにお会いする許可をいただいてもよろしいでしょうか? カルディアに向かう前に、お話をしておきたいと思います」
「許可しよう。ただ、彼女は部屋にいないかもしれない」
「自分で探しますから、大丈夫ですわ」

ナタリーはカーテシーをすると、もう一度リアムを見た。

「リアムさま。どうか、……幸せになってくださいね」

 にこりとほほえみを残し背を向けた彼女を、リアムは黙って見送った。