「グレシャー帝国には陛下の力のおかげで短い春と夏がありますが、そのあいだも氷の宮殿の雪と氷だけは溶けません。寒さに弱い草花は、育つ余裕がないのでしょう」
 
ユナの説明にミーシャは「そう」と、弱い声で返した。

「でも、ビアンカ皇妃の宮殿にはテントウムシがいました」
「土がまったくないというわけではありません」

 イライジャが雪かきをしながら答えてくれた。

「とりあえず、掘るしかないわね」

 ミーシャもまた作業に戻ろうとしたら、突然サシャが「ミーシャさま、あそこ!」と声を張った。

 彼女が指を差した方を見る。そこは、リアムの執務室だった。
 二階のバルコニーに、リアムとナタリーの姿があった。彼女を見かけるのは、披露目パーティーいらいだ。

「お声、届くかな」
 
手をあげて声をかけようとしたら、ミーシャの前にイライジャが立ち塞がった。

「ミーシャさま。もうよろしいでしょう」
「……いえ、除雪はまだ途中です」

 イライジャは一度、バルコニーを仰ぎ見ると、再びミーシャに向き直る。ユナやサシャに聞こえないように顔を近づけると、低い声で言った。

「陛下の治療はもう、気が済んだでしょうという意味です。あなたではどうすることもできない。諦めて、早くフルラ国へ帰ってください」

 冷たい瞳と声に、胸がぎゅっと締め付けられて痛んだ。

「私と陛下は今、白い結婚期間です。途中で帰れば、和睦にひびが入る。帰るわけにはいきません」
「陛下は、あなたさまが望めばすぐに帰す段取りを整えております。もちろん、平和的にです。国同士の軋轢(あつれき)が生じる心配はございません」
「ですが、……」
「あなたはクレア師匠を思い出させ、過去に縛りつける。陛下の傍にいるべきじゃない」

 まるで(ひょう)に降られているみたいだった。次々と浴びせられた言葉に、胸の痛みが強くなっていく。それを悟られないように、ミーシャは顔に笑みを貼りつける。

「イライジャさま。ご心配には及びません。私こそ、彼を過去から解き放って差しあげたいと思っております」