「殿下、この花をよく見て。葉の裏にかわいいテントウムシがいるわ。みんな引っ付き合って眠ってる。きっと、皇妃さまは虫にびっくりされたのね」

 ミーシャは魔力をこめて、花に息を吹きかけた。

 花びらの表面を覆っていた薄氷にひびが入り、ぱらぱらと小さな音をたてて花から剥がれ落ちる。もぞもぞとテントウムシが起きて、端にいた一匹が空に飛んだ。

 飛び立つテントウムシを目で追うノアの目からは、大粒の涙がこぼれ落ちた。小さな皇子は手の甲で、目をごしごしと擦る。

「まだ、春じゃないのに、飛んで行って大丈夫かな?」
「きっとすぐに戻ってきて、また、みんなと眠るはず」

 ノアはお花の束を、屋根のある場所にそっと置いた。

「殿下はやさしいのですね。大丈夫だよ。泣いても、誰も殿下を怒ったりしない」

 頭を撫でると、彼は声に出して泣きはじめた。
 雪が降りはじめ、はらはらと舞い降りてくる。ミーシャはノアを抱きしめ、落ちつくまで頭と背をなで続けた。

 ノアをやさしくなぐさめるミーシャだったが、胸の内は、怒りが激しく燃えていた。


 髪や肩に白い雪が積もりだしたころ、ノアは泣きやみ、顔をあげた。

「座学の時間だからぼく、もう戻るね」
「無理はしなくていいよ」
「平気。ぼく、勉強好きなんだ」

 ノアは、にこっと笑って言った。

「陛下も、子どものころから勤勉でした。殿下と一緒ですね」

 それを聞いたノアは目を輝かせた。

「ミーシャさま、陛下の小さいころを知っているの?」
「え? あ……えっと、そう。前に本人から聞いたことがあるの!」

 ――いけない。うっかり口を滑らせてしまった。

 ミーシャは笑顔でごまかした。

「ぼく、陛下のこと、好きなんだ。大きくなったら、陛下の役に立つ臣下になりたい。お母さまは王位を継げって言うけど……。陛下に認めてもらうためにも勉強、がんばる」

 花が咲くように朗らかに笑う彼がかわいらしくて、愛しい。

「陛下ならきっと、ノア皇子が決められたことに賛成してくれます」
「勉強がないときは、また遊んでくれる?」
「もちろん。いっぱい遊びましょう!」

 笑顔を取り戻した皇子を見送ってから、ミーシャはビアンカの後宮をあとにした。



「……皇子、よく見たら、護衛兵がいっぱいだったね」

 ミーシャは、すぐ後ろをついてくるライリーに、そっと話しかけた。

「そうですよ! ノア皇太子殿下が魔力を使用していたから近づけなかっただけで、本当ならまっ先にミーシャさまが捕まってます」
「そうね。今度から、迷子には気をつける」

 ノアとビアンカにさっそく関わってしまった。あとでリアムに叱られると思うと、少し憂鬱だった。