学校帰りの馬車の中。
 アーロンとともに揺られながら、マリアベルはぼうっと窓の外を眺めた。

 アークライト家から正式に婚約の話が来たときは、どうしたものかと思った。
 なんとかして、アーロンのほうから取り下げてもらわないといけないのでは、とまで考えたほどだ。
 けれど、実際に婚約をしてみれば、生活も気持ちも、変わったような、変わらないような。
 アーロンもそうだ。婚約者だから、と色々と融通してくれるようになったが、彼は以前からそういうところがあったので、変わったけど変わっていない。
 
 アーロンは、昔から本当によくしてくれる。
 貰い手のなかったマリアベルを、妻にしてくれるとまで言うのだ。
 マリアベルは、そんな彼に応えたいと思うようになっていた。
 しかし、魔法の力以外で、彼やアークライト家に報いる方法が、思いつかない。
 悩んだマリアベルは、本人に聞くのが速い! という考えに至る。

「……アーロン様」
「ん? なんだい、ベル」

 今日は珍しく静かだったマリアベルが急に呼びかけても、彼はにこやかに対応してくれる。
 ああ、本当にいい人だ、とマリアベルは思った。

「私はどうしたら、アーロン様のご厚意に報いることができるのでしょうか?」
「えっ……。報いる……はまあ、おいておくとして。僕としては、こうして二人きりで登下校できて、婚約もしてもらえた時点で、色々と叶ってるんだけど……。……欲を言えば、好きになって欲しいな、僕のことを」
「もう好きですが……?」
「んっ……んんっ……。アリガトウ……」

 好き、の言葉にアーロンが頬を染め、口元を抑える。
 手で隠れてはいるが、彼はかなりにやついていた。
 にやつきが止まらないものの、彼は理解している。マリアベルの言う「好き」は、自分が望むものとはちょっと違うことを。
 まあ、どんな種類であれ、好かれていないよりはずっとマシなのであるが。

 アーロンの望みが、「マリアベルに好きになってもらうこと」なのであれば、それはもう達成されている。
 マリアベルは、アーロンのことが好きだ。間違いない。信頼も尊敬もしている。
 けれど、これでは彼の望みを叶えたことにはならないような気もして。
 マリアベルは、うーん、と首を傾げた。