缶のプルトップを開けたあさひが首をかしげると、気づいてなかったのか、と凌士が言った。

「碓井のフォローがあったから、手嶋もスムーズに話せたんだろう。最初の声かけも絶妙だった。ああいうところは、俺には真似できない。碓井の美点だな」
「ありがとうございます」

 凌士に褒められるとは思わなかった。甘い顔を見せられるのも胸が高鳴るけれど、仕事で認められるのはまた別種の感動がある。思わず顔がほころぶ。

「でもまだまだですよ。手嶋くんには、チーフだとは認められてなくて。今日だって、統括の前だから素直だったのであって、わたしはいつも手こずってます」
「あれもそのうち、碓井を認めざるを得なくなる」
「そうなるように精進します」

 照れていると、凌士がひとりの男の顔を覗かせた。

「まあ、そもそもはあさひがほかの男とふたりで話していたから、割りこみたくなったわけだが」
「え……部下ですし、仕事の話ですよ?」

 にわかに空気が甘くなり、あさひは心臓を跳ねさせた。独占欲めいたものを見せられた……のだろうか。

(凌士さん、さらっと言うから困る。冗談に違いないのに)

 赤くなりかけた顔をごまかすためにあさひがミルクティーを口にしたとき、リフレッシュスペースに別の社員が入ってきた。 彼は凌士にまもなく会議が始まると告げ、急ぐよううながす。

「わかった、行こう」

 凌士は買った缶のプルトップを開けるまもなく、呼びにきた部長のあとに続いた。
 あさひは出ていくふたりのために脇へ退く。清涼感のある凌士の香りが鼻先をかすめた。

「ああ、そうだ碓井。俺が同席したからと緊張するな、疲れるだけだぞ。フォローもしてやれるのだから、もっと気を楽にして臨め」

 凌士はすれ違いざま、あさひが手にしたカフェオレの缶を爪で軽く弾く。かすかな金属音がして、あさひは遅れて「休憩するといい」が指すほんとうの意味に思い至った。

(緊張してたって、気づかれてた……)

 弾かれたように顔を上げれば、甘さのにじんだ目とぶつかる。
 素早く頬を撫でられ、耳に口づけられた。呼びにきた社員に、見られないように。