絵美の言うとおり、景の二股や昇進の件だけだったら、今も打ちのめされていたと思う。

「んー……実はね」

 あさひは微妙に絵美から目を逸らしながら、凌士とのことを口にした。
 案の定、絵美の表情は景との別れを告げたときよりも驚愕に染まる。

「如月さんって、あの如月さん!? 次期社長の!?」

 絵美の声が裏返り、あさひはさっきより鋭く「しっ」と口元に指を当てる。やっぱり個室にしておけばよかっただろうか。

「……そう、その如月統括部長。すごく……気遣ってくださったの」

 思い返して熱くなった頬をごまかすように、あさひは油淋鶏をパクつく。景と別れてさほど経たないのに、ほかの男性とふたりで過ごしたのを軽い女だと思われないだろうか。説明する声が小さくなってしまう。
 だけど絵美は「ああ」と納得した風にうなずいた。

「そりゃ、それだけ優しくされたら誰でもそうなるって。いちばん弱ってるときでしょ? あさひは人前で弱音を吐くのが苦手だもんね。笑顔の裏で溜めこんでさ。だからそれを吐き出させてくれる包容力のある男がいるのはいいことよ。それがグループトップに就く男だってところは、さすがに驚きだけど。そういえばアメリカのシステム会社との業務提携の件、あれ如月さんでしょ? ニュース見たわよ」

 あさひは先日の職場で聞いた話を思い出した。手嶋が凌士をこき下ろしていた、異例の三ヶ月というスピードでの業務提携契約である。

「でも、なんで統括の成果だって知ってるの? 個人名までは出ないでしょ?」
「そりゃあグループのトップだもん。あさひはセールスの社長どころか研修のときの店長もろくに覚えてないだろうけど」
「覚えるもなにも、わたしたちの研修のあいだ、店長は育休で不在だったってば」
「いいからいいから。こっちでは本体様の動向は注目の的よ。もちろん顔も経歴も知ってるし。イケメンだし」
「絵美が知ってるのは、それが理由でしょ」

 自他共に認める面食いの絵美は、悪びれた風もなく「まあね」とうなずく。

「あれ、ぜったい前々から目をつけてたよね。でなきゃいくら猛攻したところで、あのスピードで業務提携なんか、まとめらんないって」
「……そうかも」
「狙いすまして、手に入れると決めたら猛攻撃。なんていうか、猛禽(もうきん)類? 鋼鉄の猛禽だね」

 あさひは絵美と顔を見合わせて噴きだした。

「あさひも気をつけなよねー? 完オチするのも時間の問題だったりして?」
「まさか。部下として気にかけてくれてるだけだって。わたしは統括の息抜きのアテンド役」