冷徹御曹司は想い続けた傷心部下を激愛で囲って離さない

 香ばしくも爽やかな風味が、喉を抜ける。蕎麦がこれほど風味豊かなものだとは。初めて知った思いであさひは目を丸くした。
 驚くあさひに、凌士が満足そうにざるを一枚追加する。

「そんなに食べられませんよ」
「食べられる分だけ取れ。あとは俺が食う」
「じゃあ、遠慮なく。……いただきます」

 あさひは自分の分を腹に納めると、追加のざるにも手を出した。半分弱ほど取って、凌士に渡す。
 凌士もいい食べっぷりだ。凌士と食べる料理は、どれもおいしく感じる。

 もちろん、凌士がいい店を知っているからというのもあるのだろう。けれど、それを押しつけがましくなく食べさせてくれるからだと思う。
 それが自然で居心地がいいから、するすると食べてしまう。

 あさひはふと、自分もほかの人間同様、凌士を勝手に高みに置いて見ていたのを反省した。

「すみません、わたしも凌士さんを御曹司のフィルター越しに見ていました」
「それがふつうだろう。切り離せるものでもないからな」

 凌士はなんでもなさそうに答える。でも、きっとそう思えるようになるまで簡単ではなかったのではないか。

「でも、切り離したいときもありますよね? 今日も、苗字で呼ばれたくないとおっしゃって。だから、凌士さんが御曹司をやるのに疲れたときは、わたしを呼んでください」

 凌士がつかのま驚きをあらわにし、あさひはにわかに焦った。そんなに変な発言をしたつもりはなかったのだけれど。

「ほら、先日わたしにやけ酒をするときは呼べって言ってくださったじゃないですか。だからそのお返しといいますか」
「そうだな。疲れてなくても、呼ぶか」

 凌士が、蕎麦ちょこを片手に相好を崩す。