冷徹御曹司は想い続けた傷心部下を激愛で囲って離さない

「へえ、それはいいことを聞いた。カーブのたびに呼ぶか」
「そんな」
「よけいなことを考えずに、素直に聞いてろ。それより見てみろ、紅葉が盛りだ」

 ついさっきまで眉間に皺を寄せていたはずの凌士は、すっかりあさひの名前を呼ぶのに慣れたらしい。
 あさひをからかう顔には、余裕と適度に力を抜いた様子がうかがえて、それがまた困ったことに悪い気はしなかった。



 上り坂の両脇に広がる紅葉は見事だった。すっきりと晴れ渡った空に、赤や黄に染まった葉が映える。
 山道はあさひらと同様に紅葉狩りを楽しむ車で渋滞気味だったが、それすら気にならずに、あさひは景色を堪能しながら凌士と会話を弾ませた。

 出発前こそ気詰まりにならないかと心配したけれど、杞憂だったようだ。

 坂を上ってからは混雑する景勝地を避け、あさひたちは早々に昼食を取ることにした。爽やかな青空にはからりとした風が吹き抜け、あさひは深く息を吸いこむ。凌士も気持ちよさそうに目を細めた。

 凌士と入ったのは、こだわりの食材を使っているという蕎麦屋だ。
 窓際の座敷席に向かい合い、目にも美しく盛りつけられた蕎麦を食べるころには、凌士はすっかり「あさひ」呼びを定着させていた。

「たくさんの女性を籠絡してきたんじゃないですか? すっごくモテそうですよね」

 あさひもまた緊張が取れ、職場では決して訊けない質問をする。

「それなりには。だが、続いたためしがなくてな」
「どうしてですか?」
「仕事が優先だったからな。ただでさえ、創業者一族という色眼鏡で見られる。よそ見をする余裕はどこにもなかった。それに……」
「それに?」
「……いや、なんでもない」

 凌士はあさひを見つめていた目を伏せ、運ばれてきた蕎麦をすする。あさひも凌士にならって蕎麦に口をつけた。