冷徹御曹司は想い続けた傷心部下を激愛で囲って離さない

 凌士がモニターから顔を上げる。
 あさひは凌士のネクタイを締めた首元に目を逸らしそうになるのを、かろうじて踏みとどまった。

「なんだ? 時枝(ときえだ)には言えない内容か」

 あさひの所属するRS企画部の部長の名前を持ち出され、あさひはかぶりを振る。

「いえ、その……先日の件で……」

 凌士が眉間に眉を寄せ、席を立った。

「俺も話があった。今日の仕事は」
「もう上がれますが……?」
「なら、行くか。付き合え」

 凌士は言うが早いか立ちあがると、鞄を手に取って歩き始める。

「えっ、あのっ……?」
 あさひは急な展開に慌てて鞄とコートを取ってくると、凌士のあとを追った。



 あさひが連れていかれたのは、ファッションビルやシネコン、大型商業施設などが照明も眩しく林立する隙間に佇む、昔ながらのこぢんまりとした定食屋だった。
 引き戸を開けて暖簾をくぐるなり、醤油と出汁のほっとする匂いがふたりを歓迎する。あさひは鼻をうごめかした。

「いらっしゃい。あら、凌さん」

 きりりとしたいで立ちの女将に迎えられ、あさひたちはカウンター席に並んで腰を下ろした。
 白木の艶が美しいカウンター席は、ほぼ埋まっている。切り盛りする五十代と思しき夫婦の雰囲気も、仲睦まじそうで好ましい。
 あさひは女将が差しだしたおしぼりを受け取る。

「お連れさんなんて珍しい。今日はいいメバルが入ったから、煮付けのほかに刺身もできるよ。肉のほうの日替わりは酢豚ね」
「メバルか、久しく食べてないな。じゃあ刺身で。碓井は?」
「じゃあ……煮付けをお願いします」

 若干の緊張を含みながら注文を終え、あさひは店内を物珍しく見回した。